コラム

「愛される中国」を目指す習近平の焦り──「中国が理解されていない」

2021年06月07日(月)14時55分

筆者は数年前、アフリカに焦点を絞って中国のソフトパワーに関する論文を著したが、そこで検討した内容は、今日の習近平体制にもほぼ通じると思われる。その結論部分だけ要約すれば、中国が情報発信を通じて国際的イメージを向上させることには以下の三つの限界がある。

(1)中国メディアは政府の影響が強すぎるため、中国のネガティブな側面にほとんど触れず、その経済成長や国際協力(最近でいえばワクチン外交も含まれるだろう)などを美化した内容になりやすい。どの国であれ、自国を過度に賛美する者は他者から信頼を得にくい。

(2)アメリカが説く「自由」や「民主主義」(それが多少なりともバイアスの強いものだったとしても)と比べて、中国が発する情報には一般市民にまで届くメッセージや理念に乏しい。また、中国文化はアジア以外で馴染みが薄い。そのため、「中国の魅力」として宣伝材料になるのは経済成長の実績などに限定されるが、それを伝えられても、中国との交流で利益を受けるエリート層や知識層以外の一般市民にとって、中国へのイメージを向上させるきっかけにはなりにくい。

(3)中国企業が世界中に拡散するにつれ、中国政府の指令が末端にまで及びにくくなっており、中国政府の意向と無関係に中国企業が進出先の法令を無視するなどして、中国全体のイメージを悪化させるきっかけになりやすい。

こうした構造的限界は、習近平体制のもとでも基本的に変わらない。筆者がかつて交流した中国政府系シンクタンクの研究者は「国際的にみてカンフーを教わる人よりヨガや禅をやる人の方が多い」とこぼしていたが、中国政府のテコ入れにもかかわらず、こうした状況は今日でもほぼ同じだ。

また、中国メディアは世界中に展開しているが、そのバイアスの強さゆえに、途上国でもデジタル・ネイティブ世代などから決して評判がよくない。

だとすると、外国政府へのネガティブキャンペーンに止まらない、「伝えるべき内容」を発達させられない限り、習近平が目指す中国の国際的イメージ向上の取り組みには、自ずと限界がある。中国の宣伝戦はひたすら発信すれば響くと限らないことの典型といえるだろう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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