コラム

急増するロヒンギャ難民の「二次被害」―人身取引と虐待を加速させる「ロヒンギャ急行」

2018年06月01日(金)13時30分

結果的に2017年3月にロヒンギャ難民にはプランテーション農園や工場などでの就労が認められましたが、合法的な雇用は必ずしも十分ではありません。それは結果的に違法な就労を促し、マレーシアに逃れたロヒンギャ難民に「二次被害」をもたらす土壌となっています。

とりわけ懸念されるのが、女性や少女を中心に、ロヒンギャ難民がマレーシアの家事労働者として違法に雇用される事態です

家事労働者への需要

マレーシアでは家事労働者の雇用が少なくありませんが、近年ではその人員の不足が表面化しつつあります。それは家事労働者に対する虐待が社会問題化しているためです。

2018年2月、インドネシア政府はマレーシアへの家事労働者の派遣禁止を発表。インドネシア出身の家事労働者がマレーシアの家庭で虐待され、食事も与えられず、屋外で犬と一緒に寝させられ、あげくに死亡したケースが発覚したことを受けての措置でした。

家庭という閉ざされた空間において、家事労働者が雇い主から虐待や暴行を受け、最悪の場合、死に至るケースは、欧米諸国や中東の産油国などでも頻繁に報告されています。被害者はより所得の低い国からきた、教育水準の低い女性であることがほとんどです。

インドネシアからマレーシアに渡る出稼ぎ労働者は250万人ほどにのぼり、その半数は違法就労者とみられています。少女を含む女性の場合、家事労働者も多くいますが、例え合法の就労者であっても、両国間の協定において家事労働者の処遇や権利などは定められていません。

ところが、多くの家事労働者を供給していたインドネシアがその派遣を禁止したことで、マレーシアは他国からの調達に迫られています

もともと、マレーシアはインドネシア以外にも、ヴェトナムやタイなどとともに、ミャンマーからも家事労働者を受け入れていました。そのため、「ロヒンギャ難民を家事労働者として採用すればよい」という声はマレーシア国内で以前からありました。

外国人の家事労働者をめぐる問題が頻発することを受けて、マレーシア政府が2017年3月から合法化したロヒンギャ難民の就労でも、家事労働は含まれていません。とはいえ、インドネシアがこれまでの関係を見直し、家事労働者の需要が高まる一方、ミャンマーから合法的に家事労働者としてきている者も多いマレーシアで、ロヒンギャ難民が違法に家事労働に従事することは、時間の問題とみられます。

その場合、正規に入国した家事労働者でさえ、虐待などの被害が多いことに鑑みれば、「難民の違法就労」という弱い立場のロヒンギャが同様の事態になることは増えると見込まれます。虐殺や迫害を逃れたロヒンギャ難民は、逃れた先でも生命すら脅かされる「二次被害」の危険に日々直面しているといえるでしょう。


※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。他に論文多数。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル下落後切り返す、FOMC受け荒い

ビジネス

10月米利下げ観測強まる、金利先物市場 FOMC決

ビジネス

FRBが0.25%利下げ、6会合ぶり 雇用弱含みで

ビジネス

再送〔情報BOX〕パウエル米FRB議長の会見要旨
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 6
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 8
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story