コラム

好調な経済は、米国株市場のリスク?

2024年02月06日(火)18時30分
パウエルFRB議長

米国経済の最大の問題だったインフレ制御については、FRBの対応が成功しつつある......パウエルFRB議長 REUTERS/Evelyn Hockstein

<FOMCでは金利据え置きが決定されたが、次の対応が「利下げ」であることが声明文で明示された。また、1月の雇用統計が大幅な雇用増加となり、金融市場の懸念点は、これまでの利上げによって米国経済が失速することよりも、経済活動が好調過ぎる為に、インフレが再び上昇することに移りつつある......>

1月31日に行われたFOMC(連邦公開市場委員会)において、4回会合連続で政策金利は据え置かれた。声明文では、「追加利上げ」が前提となっていた先行き指針の部分が変更された。具体的には、「今後の政策調整にあたり、データ、見通し、リスクバランスを慎重に評価」「インフレが2%に持続的に向かうとの強い自信を抱くまでに、利下げを行う事は適切とはみなさない」とされている。

 

FRBの政策姿勢が公式に変わった意味は小さくない

FRB(連邦準備理事会)の次の対応が「利下げ」であることが声明文で明示されたことについては「今更感」はあるのだが、FRBの政策姿勢が公式に変わった意味は小さくない。論点はいつ利下げを始めるかにほぼ絞られ、時期が近づいている、ということである。パウエル議長は、利下げについて昨年12月時点の政策金利見通しを援用し「今年3回の利下げを考えている」としながら、「3月利下げは基本シナリオとは言えない」と踏み込んで言及した。

FRBが政策目標とする、インフレ指標(個人消費支出価格コア指数)の最近の急ピッチな減速を踏まえると、次回3月中旬の会合に、利下げ開始の条件はギリギリ揃うのではないか、と筆者は考えていた。ただ、今後1か月余りの間のデータの蓄積では不十分と考える複数の参加者がいる中で、彼らの意向が尊重されたようである。3月会合はアクションには至らないが、「利下げの是非」を踏み込んで議論する場になりそうである。

今の株式市場のリスクは「米国経済の好調が崩れない」こと

一方、1月分の雇用統計では前月比約35万人もの大幅な雇用増加となり、これまでの利上げによって「労働市場が減速している」との判断を揺るがしかねないサプライズとなった。金融市場の懸念点は、これまでの利上げによって米国経済が失速することよりも、経済活動が好調過ぎる為に、インフレが再び上昇することに移りつつある。一見矛盾するが、今の株式市場にとってのリスクは「米国経済の好調が崩れない」ことになる。

それでは、米国経済は絶好調と言えるのだろうか。米国では、降雪などで経済活動が滞る1、2月の経済指標は例年ブレやすい。先に紹介した、1月分の雇用統計の大幅な上振れは、この問題が影響している可能性がある。例えば、ADP(オートマチック・データ・プロセッシング)社が公表する民間雇用者数は同月に前月差約10万人と前月からほぼ変わらずで、他にも、労働市場の減速を示す指標が散見される。労働市場のデータを俯瞰すれば、「経済活動が強すぎる」が故に、固まりつつあるFRBの利下げ路線が揺らぐ可能性は低いようにみえる。

再び浮上しつつある「好調な米国経済」に対する市場の疑念は今後和らぐとみられ、パウエル議長らはインフレ制御への自信を強める中で、3月FOMC会合での本格検討を経て、利下げ開始を着実に進めると予想される。FRBが最重視するインフレ指標は既に6か月程度落ち着いているが、同様のインフレの落ち着きがあと約3カ月続くことが、「利下げ開始」の条件になるだろう。早ければ、5月FOMC会合時点での利下げ開始は十分想定できると見込まれる。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊は『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書。

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