コラム

『東京クルド』が映すおもてなしの国の残酷な現実

2021年07月15日(木)17時05分
東京クルド

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<2人のクルド人青年は来日して10年以上が過ぎた今でも「不法滞在者」で、芸能活動の夢も、通訳の仕事も諦めた。作品に焼き付けられたのは、彼らの希望と絶望、夢と挫折、そして日本への憧れと失望だ>

小学生の頃に家族と共に日本にやって来たオザンとラマザンは、今も難民申請を続けるトルコ国籍のクルド人だ。それぞれ18歳と19歳。将来について思い悩む年頃だ。

ドキュメンタリー映画『東京クルド』の主人公である2人が日本に来た理由は、故郷で政府に迫害されたからだ。警察に拘束されて殺害された親戚もいる。来日して10年以上が過ぎるが、いまだに彼らは「不法滞在者」だ。仮放免許可証を与えられてはいるが、定期的に入管に出頭しなくてはならないし、いつ強制的に収容されるかも分からない。

一緒に日本に来たラマザンの叔父のメメットは妻と幼い子供と暮らしていたが、2年前にいきなり収容された。いつ出てこられるのか。そもそも出てこられるのかも分からない。

イケメンのオザンは芸能活動を夢見てオーディションを受ける。語学に興味があるラマザンは通訳養成学校を目指す。オザンは合格し、ラマザンは受験勉強に励む。でも不法滞在者である2人は日本で仕事ができないし、学校側も入学させることを躊躇する。オザンは芸能の仕事を断念し、ラマザンは通訳の仕事を諦めた。なぜ仕事をしてはいけないのか。なぜもっと勉強したいという夢を諦めなければならないのか。

2019年のデータによれば、日本での難民申請処理数は1万5422人で認定者は44人。認定率は0.29%だ。同年のカナダの認定数は2万7168人で認定率は51.18%に達する。ドイツの認定数は5万3973人で認定率は16.05%、アメリカは4万4614人で22.73%だ。

ゼロの数が2つ違う。これが「おもてなし」の国である日本の現状だ。彼らの多くは国の迫害から逃げてきた人たちだ。日本で結婚して子供がいる人も少なくない。それなのに働けない。収容されて強制帰国させられる不安にいつも怯えている。

この連載は、邦画について僕自身が思うことを、選んだ一つの作品を題材にしながら自由に書いてほしい、との依頼から始まった。つまりパブリシティーの要素はかけらもない。編集部からは「褒めようがけなそうがお任せします」と言われている。ただし時折、今だからこそ1人でも多くの人に、この映画をスクリーンで観てほしいと思う作品に出合う。今回はまさしくそうした一作だ。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

APEC首脳会議、共同宣言採択し閉幕 多国間主義や

ワールド

アングル:歴史的美術品の盗難防げ、「宝石の指紋」を

ワールド

高市首相「首脳外交の基礎固めになった」、外交日程終

ワールド

アングル:米政界の私的チャット流出、トランプ氏の言
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 4
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    筋肉はなぜ「伸ばしながら鍛える」のか?...「関節ト…
  • 8
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 9
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 10
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 10
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大シ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story