コラム

勝新太郎の本領とすごさ──徒花的な『座頭市』はまるで勝新そのもの

2021年06月17日(木)19時50分

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<70年代中頃からテレビドラマとして放送された座頭市シリーズだが、今日の地上波で再放送できるだろうか──もしも勝新の前史がなかったらかなり難しいだろう。でも、不可能ではない>

座頭市のシリーズを初めて観たのは、(例によって)僕が人生において最も多く映画を観ていた学生時代だ。もちろん名画座。1989年に勝新太郎が自身で監督したシリーズ最終作は別にして、その前の25作が公開されたときは子供だったから、リアルタイムでは観ていない。

全て徹底してエンタメだ。網走番外地シリーズや『シェーン』などの西部劇にも通じる作法だが、じっと辛抱を続ける主人公の悪への怒りが最後に炸裂するというパターンは、映画としては鉄壁の黄金律だ。市は全盲という設定だから、この展開になじみやすい。

ただしそれは当時だから思えたこと。この原稿を書くために1本目の『座頭市物語』など何本かを観返したが、(差別用語が頻出することはともかくとしても)身分制度の強かった江戸期を背景に全盲の主人公が悪人を圧倒的な力で成敗するというエッセンスが、今の世の中ではどのように解釈されるだろうと考えた。

たぶんとても微妙だ。座頭市シリーズは1970年代中頃からテレビドラマとしても放送されたが、地上波で再放送はできるだろうか。勝新が没してからは北野武と阪本順治がそれぞれの座頭市を撮り、曽利文彦は座頭を瞽女(ごぜ)に置き換えた作品を発表したが、もしも勝新の前史がなかったなら今の邦画界の状況でゼロからこの企画を成立させることはかなり難しいだろう。

補足するが、難しいとは思うが不可能ではない。でも、不可能だと思う人が多過ぎるのだ。

テレビディレクター時代の1999年、僕は『放送禁止歌』というドキュメンタリーをテレビで発表し、岡林信康が被差別部落問題を正面から歌って放送禁止歌の代表曲となっていた「手紙」をオンエアした。おそらくテレビでは史上初だ。なぜオンエアできたのか。実は放送禁止歌は存在していない。テレビ業界のほとんどの人が前提にしていたこのルールは巨大な共同幻想であり、自覚なき自主規制だった。つまり自由からの逃走。ドイツが独裁国家へと変貌する過程を考察したエーリッヒ・フロムが提唱するこの概念は、今も僕たちの日常の至る所にある。

勝新が先駆者であることは間違いない。でも意図的ではないような気がする。『放送禁止歌』を撮ったときの僕も、被差別部落問題についてしっかりとは理解していなかった。放送後によく放送できたなとテレビ業界の多くの友人や先輩から言われて、それほどのタブーだったのかと今さらのように気が付いた。同列に論じることは気が引けるが、おそらくは勝新もそのタイプだと思う。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米9月PPI、前年比2.7%上昇 エネルギー商品高

ビジネス

米9月小売売上高0.2%増、予想下回る EV駆け込

ワールド

欧州司法裁、同性婚の域内承認命じる ポーランドを批

ワールド

存立危機事態巡る高市首相発言、従来の政府見解維持=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    使っていたら変更を! 「使用頻度の高いパスワード」…
  • 10
    トランプの脅威から祖国を守るため、「環境派」の顔…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 8
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story