コラム

小沢剛が挑んだ「ユーモアx社会批評」の試みとは

2022年08月04日(木)11時05分
小沢剛

《スラグブッダ88―豊島の産業廃棄物処理後のスラグで作られた88体の仏》小沢剛(撮影:森山雅智)

<「地蔵建立」「相談芸術」......あらゆる他者の視点を取り込みながら新たなアプローチを試みる現代アーティスト・小沢剛。その活動を振り返るシリーズ前編>

小沢剛の恒久設置作品は讃岐にあり

小沢剛は、事実とフィクション、ユーモアを交えながら独自の視点で歴史や社会を鋭く批評する作品を通して国内外で広く活躍している。

だが、いわゆる彫刻や絵画といったオーソドックスなメディアに限定されない多様かつ複雑な作風からか、その作品を美術館や芸術祭といった展覧会以外の場所で見る機会はあまり多くはない。

しかし、その小沢の恒久展示が香川県には二か所も存在する。ひとつは、弘法大師空海出生の地に近い坂出で寛政元年(1789年)から醤油づくりを営む鎌田醤油本社敷地内にある《讃岐醤油画資料館》、そしてもうひとつは、2006年に直島で当初展覧会のために制作設置され、ベネッセハウス30年の節目にあたる2022年に、ヴァレーギャラリーの一部として新たに整備された《スラグブッダ88―豊島の産業廃棄物処理後のスラグで作られた88体の仏》である。

後者は、小沢が学生時代に各地を旅しながら、風景の中に自作の地蔵を建立し写真に収めた卒業制作かつ作家デビュー作で、いわば小沢の作家活動の原点とも言える「地蔵建立」の流れにある。

四国八十八箇所を模して、江戸時代に直島に作られた88か所の仏像をモチーフに、豊島で不法投棄された産業廃棄物を焼却処理した後に最終的に生じたもの(スラグ)を用いて、地元の陶芸家や学生たちとともに作り上げた本作。

この作品をはじめ、小沢の創作では、常に旅やドメスティックな土地の過去と現在についてのリサーチ、日常の風景のなかで忘れられつつあるどこかノスタルジックな存在、地域で独自に発展したもの、純粋美術と民衆芸術など美術と美術でないものとの関係、個人と他者、集団の間といったキーワードが見え隠れする。いったいそれらはどのように発展し、どこへ向かおうとしているのだろうか――。

旅・日記・ローカルな風景、人々の営みに寄り添う静かな眼差し~地蔵建立へ


小沢剛は、東京オリンピックの翌年の1965年、家庭にテレビなどの家電が浸透し社会が徐々に豊かになりつつある高度経済成長期に埼玉に生まれ東京郊外の団地で育った。

昔ながらの里山と開発が進む団地の風景が混在する、まさにアニメ《平成狸合戦ぽんぽこ》の舞台のようなところで育ち、スタジオジブリのアニメに描かれる風景は自らの原風景のようにどこか懐かしさを感じさせるものだと言う。

漫画家に憧れてはいたが、ストーリーが作れないため、絵の方向性を目指して東京藝術大学絵画科に進学。バブル真只中の学生時代に、たまたま目にしたパリのポンピドゥーセンターで1986年に開催された「前衛芸術の日本1910-1970」展の図録で、日本の前衛芸術が海外の美術館で展示されたことを知る。

それまで海外から輸入されるものが新しいと思っていた小沢は、そこから「新しさとは何か」ということを考えるとともに、世界に目を向けるようになり、アングラ演劇に熱を上げつつも、アルバイトをして暇さえあれば、『地球の歩き方』を片手にバックパッカーで海外旅行に出かけるようになった。

プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

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