コラム

新疆における「強制不妊手術」疑惑の真相

2021年06月24日(木)18時35分

さて、これらの記事のネタ元である「中国衛生健康統計年鑑」(産経新聞以外は本のタイトルが間違っている)のデータをまとめると表1のようになる。

表1:新疆で不妊手術を受けた人数

こうしてみると、5本の記事はいずれも不妊手術が特に多かった2018年の数字をことさらに取り上げ、同年鑑の2020年版が入手できる時期に書いているにもかかわらず、2019年の不妊手術の急減についてはふれていない。つまり、これらの記事はいずれも不妊手術の急増という印象を与える事実だけを意図的に切り取った不誠実なものだと言わざるをえない。

さらに、『西日本新聞』に対して首をかしげざるをえないのは、同紙が「新疆統計年鑑」も分析したと言っているにもかかわらず、そこに示されているもっと衝撃的な数字を取り上げていないことである。同年鑑によれば、不妊手術を受けた人数は表1よりはるかに多いのである(表2)。また、手術を受けた人数は「急増」ではなく、むしろ減少傾向にあるようである。

表2:新疆で不妊手術を受けた人数

なぜ二つの年鑑でかくも数字が食い違っているのか、私にはよくわからない。ただ、ここから先は表2のデータ元である『新疆統計年鑑』をもとに分析を進めていくことにする。というのは、先の5本の記事はいずれも新疆全体での不妊手術数しか示していないが、新疆の全人口に占めるウイグル族の割合は45%、漢族は42%なので、新疆全体の数字だけ見てもそれがどの民族に対してなされたものかは判然としないからだ。

つまり、新疆全体の不妊手術数をもとに5本のレポートは「ウイグル族に対して不妊手術が強制されている」と主張ないし示唆するものとなっているが、そこには二つの論理の飛躍がある。第一に、それがウイグル族に対してなされているとはこれらの数字だけでは言い切れないこと、第二に、それが強制であるという証拠もないこと。

一方、『新疆統計年鑑』では地区別の不妊手術数が詳しく報告されている。これをみると、少なくとも2017年と2018年に行われた不妊手術はほとんどがウイグル族に対してなされたことがわかる。細かくて恐縮だが、表3をご覧いただきたい。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、フロリダの不法移民収容施設「ワニのアル

ビジネス

サンタンデールが英銀TSB買収、預金残高で英3位の

ワールド

イスラエル、60日間のガザ停戦確定に必要な条件に同

ワールド

米財務長官、インドとの貿易合意「非常に近い」
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    世紀の派手婚も、ベゾスにとっては普通の家庭がスニ…
  • 7
    あり?なし? 夫の目の前で共演者と...スカーレット…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    未来の戦争に「アイアンマン」が参戦?両手から気流…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story