コラム

アリババ「米中欧日に次ぐ経済圏を構築する」大戦略とは何か

2017年12月03日(日)07時56分

浙江省杭州市のアリババグループ本社 Aly Song-REUTERS

<巨大EC企業アリババは本格的に世界展開できるか。フィンテック事業、物流事業、さらにはリスク要因からその壮大なビジョンを分析すると――>

「アリババはもはや単独の日本企業や企業グループをライバル視していないのか」

これは、筆者が大手商社の経営幹部向けに「アマゾンvs.アリババ」の戦略レクチャーを行った際に同メンバーの1人から聞かされた感想だ。

アリババの「米国、中国、欧州、日本に次ぐ世界第5位のアリババ経済圏を構築すること」というビジョン。そして2020年の流通総額の目標を約110兆円としており、2017年実績はすでに約60兆円という事実は、日本を代表する有力企業の経営幹部さえも圧倒されるものだ。

実際にアリババはこの壮大なビジョンに対して、着々と大戦略を実行している。

m_tanaka171203-chart.png

『アマゾンが描く2022年の世界――すべての業界を震撼させる「ベゾスの大戦略」』(PHPビジネス新書)より

本稿では、筆者の新刊『アマゾンが描く2022年の世界――すべての業界を震撼させる「ベゾスの大戦略」』(PHPビジネス新書)の第6章「アジアの王者『アリババの大戦略』と比較する」(同章全33ページ)から内容を抜粋し、「アリババの大戦略」を論じてみることにしたい。

人間の「格付け」まで実現したフィンテックの王者

日米欧の金融機関関係者は認めたがらないが、専門家筋によれば、フィンテック最先進国は中国であり、その最大のプレイヤーがアリババであるというのはすでに常識だ。企業のイメージとしても「ECサイトのアリババ」よりも「アリペイのアリババ」のほうがしっくりくる、という人も多いのではないだろうか。

アリペイは中国全土で4.5億人に利用されているスマホ決済サービスである。中国におけるオンライン決済の5割、モバイル決済の8割のマーケットシェアを占めており、日本国内においても中国人インバウンドを対象にしたアリペイ導入店舗が2万5000店舗を超えている。SNS最大手テンセントのWeChatPayとアリペイで競い合っている中国は、電子マネー先進国でもあるのだ。

これほどまでにアリペイが普及したのは、経営学でいう「リープフロッグ」のためだと考えられる。これは、新興国が先進国に遅れて新しい技術を手にしたとき、一足飛びに最新技術の導入が進む、という現象を指す。

中国の銀行は非常に利便性が低く、アリペイが登場する以前は、売り手と買い手双方に取引の保証を与える仕組みがなかった。それが、アリペイのような第三者決済が爆発的に普及する余地をもたらしたのだ。中国では経済的に苦しい地方からモバイルインターネットが拡大していったが、おそらく同様の理由だろう。

低価格帯のスマホがその動きを加速させた。中国では驚くほど安いスマホが台頭しており、今ではホームレスの人々までスマホを手にし、アリペイで支払いをしているほどである。そんな環境下で、2014年にオフライン決済と店舗決済が始まると、アリペイは一気に普及していったのだ。

そして、利便性も非常に優れている。支払いの際はアプリを立ち上げてQRコードをかざすだけで、何も難しい作業はいらない。支払い以外にも、アプリ上にはさまざまなサービス・コンテンツ・機能が集中している。

たとえば、中国人観光客が成田空港に到着してこのアプリを開くと、周囲にどんなお店があるか表示され、個々のお店の情報が詳しく表示されるとともに、お店で使えるクーポン券までもらえる。空港内にあるラーメン店がスマホのアリペイアプリに表示されると、その店舗の位置や地図、中国語・日本語の店名、同店で使える「餃子1皿無料のクーポン券」までが同時に表示される。

中国では公共料金もアリペイで支払い可能だ。中国人留学生に聞くと「コンビニも銀行も少ない中国では、アリペイのおかげでようやく支払いが簡単になったんです」とのことだった。

【参考記事】アマゾンvs.アリババ、戦略比較で分かるアリババの凄さ

プロフィール

田中道昭

立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学ビジネススクールMBA。専門はストラテジー&マーケティング、企業財務、リーダーシップ論、組織論等の経営学領域全般。企業・社会・政治等の戦略分析を行う戦略分析コンサルタントでもある。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役(海外の資源エネルギー・ファイナンス等担当)、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)等を歴任。『GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略』『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』『ミッションの経営学』など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米関税で見通し引き下げ、基調物価の2%到達も後ずれ

ワールド

パレスチナ支持の学生、米地裁判事が保釈命令 「赤狩

ワールド

イラン、欧州3カ国と2日にローマで会談へ 米との核

ワールド

豪総選挙、与党が政権維持の公算 トランプ政策に懸念
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story