コラム

滅私奉公がなければ持たない日本の医療現場【コロナ緊急連載】

2021年01月12日(火)12時50分

また第1波では感染防護具が不足していたため、公的高齢者介護施設で感染を広げ、犠牲者を拡大させてしまった。

日本の病院はアメリカ型(民間85%)で民間8割なのに対してイギリスは原則無料で万人に公平な医療を提供する国民医療サービス(NHS)が主体。イタリアも同様だ。公的病院の割合はフランス67%、ドイツ5割である(厚生労働省「諸外国における医療提供体制について」より)。

日本では「きつい」「給料が安い」「汚い」「危険」「休暇が取れない」など「看護師は9K職場」と皮肉られるが、イギリスも状況は同じで看護師は慢性的な人手不足に悩まされている。

英下院決算委員会の調査で看護師は4万人不足していると指摘され、ボリス・ジョンソン英首相は2025年までに5万人の増員を約束したものの、離職を考えている看護師はコロナ危機前の28%から36%にハネ上がっている。しかし日本とイギリスの医療現場を比べると大きな違いに気付かされる。

情報共有阻むデジタル化の壁

NHSの病院では地域ごとに感染がどれぐらい広がっていて、大体いつごろどのワクチンが承認され、どれぐらい供給されてくるのか、信頼度の高い的確なデータや情報がリアルタイムで共有される。そうしないと感染力が最大70%も強い変異種の出現などの非常事態に対して臨機応変に医療態勢が整えられないからだ。

170万人のスタッフを擁するNHSは"対コロナ全体戦争"の最前線で戦う軍隊そのもの。情報の透明性が高く、公開されるスピードも早いので英非常時科学諮問委員会(SAGE)のトップからNHSの末端まで戦略、目的意識、ゴール、時間軸のブレはない。NHS全体がデジタルで結ばれた巨大な生き物のようだ。

しかし日本では既得権益に阻まれ、データは病院ごとに分断される。「患者の保険証がマイナンバーカードと一体となってそこにデータを蓄積していくような大胆な改革が行われない限り、医療サービスのデジタル化は起きないだろう」と前出の冨岡氏は言う。

日本は感染者や死者の数こそ少ないものの病院は分断され、孤軍奮闘を強いられる最前線の医師や看護師は疲弊し切っている。コロナ対応を仕切らなければならない保健所のキャパシティーも人員削減で限られ、コロナ患者の振り分けなどマネジメントは上手く行っていない。

今、日本のコロナ最前線は勤務医、専門医の崇高な精神と高度医療を提供したいという向上心、心ある看護師たちの「滅私奉公」によって支えられている。パンデミックという未曾有の危機だからこそ、そうした病院や医療従事者を丸ごと"公的病院化"するような大胆な施策が求められているのではなかろうか。

(つづく)

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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