コラム

抜き打ち解散を宣言したメイ英首相の打算(付表:欧州詳細日程)

2017年04月19日(水)19時50分

首相官邸から出てきた首相メイ Masato Kimura

<国民投票でEU離脱を選択した国民の意思を実現すべく「ハード・ブレグジット」への道を突き進むテリーザ・メイ英首相。行く手には国内だけでなくEUという障害も立ちはだかる>

[ロンドン発]イギリスの首相テリーザ・メイは18日午前、ロンドンの首相官邸前で、下院を解散して6月8日に総選挙を行うと発表した。これまでメイは「総選挙は議会会期が終わる2020年まで行うべきではない」と早期解散の可能性を繰り返し、繰り返し否定してきた。しかし欧州連合(EU)との離脱交渉が2019年3月を期限に始まったのを受けて、約50日の「政治空白」を生んででも政権基盤を固める必要があると判断した。

豹柄のヒールで颯爽と

「ダウニング街10番地(首相官邸)前でメイが緊急発表する。早期解散・総選挙のウワサが駆け巡っている」と英BBC放送が速報したのを聞いて首相官邸に駆けつけた。地元の政治記者がスマートフォンで親しい政治家に連絡を取りながら、「シリアかイラクでの新たな軍事行動か、ロシアに対する制裁なのか。それとも総選挙?」とささやいている。演説台に政府のエンブレムがないことさえ、憶測をかき立てた。

この日朝、首相官邸で閣議が開かれるまで、メイが抜き打ち解散・総選挙を決意したことを知っていたのは、前日に電話で知らされていたエリザベス女王と、大学時代からの盟友である財務相フィリップ・ハモンドらごくわずかだった。

「オシャレ番長」の異名を持つメイはストライプ柄の濃紺ワンピース・ドレスに、レオパード柄のヒールという「勝負服」で、「10(ダウニング街10番地)」と記された漆黒の扉から姿を現した。「今しがた開いた閣議で6月8日に総選挙を行うことで一致した」とメイが宣言すると、報道陣からどよめきが起きた。

メイは続けた。「わが国は(EU離脱に向けて)一つにまとまりつつあるのに、ウェストミンスター(議会)はそうではない」「ごく最近、乗り気ではなかったが、この結論に達した。これから数年の確実性と安定を保証する道は総選挙しかない」「野党は政府のブレグジット(イギリスのEU離脱)案に反対している。今度はあなたたちの番よ。政治をゲームにしていないことを見せてみなさい」

EUの単一市場からも離脱する「ハード・ブレグジット」に対する警戒心は最大野党・労働党やEU統合推進派の自由民主党内に強く、スコットランド独立を党是に掲げる地域政党・スコットランド民族党(SNP)が2回目の独立住民投票実施に向けて動き始めたことも、離脱交渉を進めるメイの不安材料になっていた。

メイがマーガレット・サッチャー以来、26年ぶり2人目の女性首相に就任してから、常に「早期解散・総選挙」の観測は駆け巡っていた。労働党党首ジェレミー・コービンが昨年6月のEU国民投票で残留か、離脱か、煮え切らない態度を示したため労働者階級の支持者が離反し、迷走が続いているからだ。直近の世論調査では、メイの率いる保守党は労働党を21ポイントもリードしている。

kimura20170419190202.jpg

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ホンジュラス前大統領釈放、トランプ氏が恩赦 麻薬密

ワールド

プーチン氏と米特使の会談終了、「生産的」とロシア高

ワールド

米ブラジル首脳が電話会談、貿易や犯罪組織対策など協

ビジネス

NY外為市場=ドル対円で上昇、次期FRB議長人事観
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 2
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が猛追
  • 3
    若者から中高年まで ── 韓国を襲う「自殺の連鎖」が止まらない
  • 4
    海底ケーブルを守れ──NATOが導入する新型水中ドロー…
  • 5
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 6
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯…
  • 7
    もう無茶苦茶...トランプ政権下で行われた「シャーロ…
  • 8
    22歳女教師、13歳の生徒に「わいせつコンテンツ」送…
  • 9
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 10
    【香港高層ビル火災】脱出は至難の技、避難経路を階…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story