コラム

パナマ文書問題、日本の資産家は本当に税金逃れをしているのか?

2016年05月17日(火)15時47分

 日本におけるパナマ文書に対する関心も、基本的には欧米各国と同じ文脈でとらえてよいのだが、日本の場合、欧米各国とはかなり様子が異なっている。最大の違いは、日本には世界規模で広範囲に活動する企業や個人がほとんどなく、海外で多額の利益を上げているケースが少ないという点である。つまり、税金逃れをする以前に、税金の対象となる稼ぎが存在していないのだ。

 日本企業が海外に進出する場合には、自動車メーカーに代表されるように、海外に現地法人を作り、そこで集中して生産や販売を行うというケースが多く、スキーム自体は非常にシンプルである。

 もし、楽天のような不特定多数の個人を相手とするネット企業がグローバルに展開した場合、話は変わってくるのだが、幸か不幸か、同社のグローバル展開はあまりうまくいっていない。また、同社以外で本格的に海外に進出しているネット企業はほぼ皆無である。個人も同様で、国内に居住しながら、海外で多額の報酬を得られるような日本人は、残念ながらほとんど存在しないと思ってよいだろう。

 多くの日本人や日本企業にとって、所得の源泉が国内にある以上、そこで課税されてしまうので、わざわざタックスヘイブンを利用するメリットは少ないことになる。

 日本において唯一、タックスヘイブンが注目されるのは相続税の回避である。資産家の子息が資産を国内で相続した場合、日本の税制では最大55%の相続税が発生する。日本の税制は属地主義となっており、どこに住んでいるのかが課税の基準となる。仮に家族全員が海外に移住し、その場所に居住し続けるのであれば、タックスヘイブンを利用して相続税を回避することは不可能ではない。

 こうした行為について、心情的に反発する人がいるかもしれないが、これは日本の税法が認めていることであり、法的には何ら問題はない。また、相続する資産は、すでに税金を支払った残りということになるので、所得税の課税を回避したわけでもない。すでに多額の税金を支払い、日本社会に貢献した人が、その後、家族とどこに住むのかまで強制されるというのはやはり行き過ぎだろう。

 逆に海外から日本に資産を持って移住し、日本に税金を払ってくれる人もいることを考えると、資産の海外移転をただ感情的に批判するというのは望ましいことではない。

ほとんどの海外送金が当局に把握されてしまう理由は「ガラパゴス」

 もっとも、海外への資産移転がすべて合法とは限らない。中には、日本に住んでいながら資産だけを海外に逃がし、実質的に相続を行っているケースもある。これを意図的に実施した場合には立派な脱税となる。資産家の多くがこうしたスキームを使って脱税行為を行っているとイメージしがちだが、現実は大きく異なる。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

小泉防衛相、中国軍のレーダー照射を説明 豪国防相「

ワールド

豪国防相と東シナ海や南シナ海について深刻な懸念共有

ビジネス

FOMCが焦点、0.25%利下げ見込みも反対票に注

ワールド

ゼレンスキー氏、米特使らと電話会談 「誠実に協力し
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 6
    「搭乗禁止にすべき」 後ろの席の乗客が行った「あり…
  • 7
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 8
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 9
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story