コラム

今も残る禁酒法の「後遺症」

2009年12月17日(木)13時05分

 前回のブログでは禁酒法について書いた。それをきっかけに、あの時代の「後遺症」について考え始め。アメリカではいまだに酒の販売が、よくも悪くも、かなり厳しく規制されている。ときには、ばかばかしく思えるほどだ。

 第1に、ふたの空いた酒の容器を持ち運んではいけないという法律があることだ。アメリカの州の大半が、公の場所での飲酒を禁じている。それが大いに納得できる場合もある。例えば、大晦日のタイムズスクエア。あそこに集まる群集が酒を持ち込んだら、とんでもない混乱状態になるだろう。

 だが他のケースでは、興ざめというしかない。公園でのピクニックは酒抜きということになる(ただし、夏の野外コンサートではこのルールも骨抜きになる。みんなで渡れば恐くない、というやつだ。全員が規則違反をしていれば、全員に罰金を科すわけにはいかない)。

 もっとも、入り口でかばんをチェックされることもある。そのせいで、ある友人の誕生パーティーが台なしになるところだった。公園で開かれる映画の上映会にみんなで酒を持ち寄って祝う予定だったが、会場に着くと入り口で持ち物の検査があった。慌てて別のプランを考えて、みんなに連絡しなければならず、大わらわだった。

 昨年夏には、酒をめぐる法律のおかしな適用例が発生した。ブルックリンに住むある男性が、自宅のアパートの入り口の階段で酒を飲んでいて罰金を科されたのだ。

 この男性は勇敢にも法廷で争い、自分の居住地内の行為だと主張した。彼は勝訴したが、それは主張が認められたからではなく、相手が裁判の規則に違反したからだった。だから、原則として自宅の入り口で酒を飲むことを禁じる法律は変わっていない。

 バーでも酒を外に持ち出すのは違法行為になる。室内では喫煙が禁止されているから、愛煙家にとってはいい迷惑だ。ビールとタバコという古典的名組み合わせは庭つきのバーなど限られた場所でしか許されない。戸外でタバコを吸うときは、飲み物は店内においておかなくてはらない。

 それにアメリカで酒を買ったり、飲んだりするときは身分証明書を要求される。イギリスでは18歳になったら酒を買うことができるが、アメリカでは酒が許されるのは21歳から。生年月日が明記された身分証明書がないと酒を出せないという注意書きを掲げているバーが多い(イングランドでは食事時で年長者が一緒などの条件が整えば、16歳でもパブでビールなどの低アルコール飲料を飲むことが許される)。

 運転免許証のない僕にとっては迷惑きわまりない話だ。当然のことながら、酒を飲みに出るときにパスポートを持ち歩くのもごめんだ。証明書のない僕は、酒場の経営者の常識に頼っている。たいていの場合、生まれた年を聞かれ、「今回は結構だが、次からは証明書を見せてくれ」と言われるだけで済む。

 だがこの夏、あるスーパーはどうしても僕にビールを売ってくれなかった。21歳より41歳にずっと近い年齢だ、と店員に嘆願したのだが。あとで考えてみると、イギリスで最後に酒を売ってもらえなかったのは、25年も前だった。そのときは確かに飲酒年齢に達していなかった。


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禁酒法の廃止を伝える1933年当時の新聞

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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