コラム

英暴動は他人事ではない......偽・誤情報の「不都合な真実」

2024年08月16日(金)17時42分

トランプ暗殺未遂事件の場合、この期間の全体あるいはこの事件に関する合計投稿数や合計閲覧数を明示したメディアは私の知る限りなかった(なお、前掲のデジタルフォレンジック・リサーチラボだけは「Trump」を含んだ投稿の総数を出している。専門機関としての誠意なのだろう)。もちろん、ほんとうに氾濫していた可能性は否定できないが、報道するならその根拠を示さないのは不誠実だ。

脅威を誇張することは情報そのものへの猜疑心を煽り、警戒主義に陥らせる可能性が高い。調査によれば警戒主義は民主主義への不満を大きくし、規制強化を支持するようになる。まさにアメリカや日本で起きていることだ。


 

政府および当局の発表には、専門家やメディアよりも根拠がないことが多い。たとえば、日本政府は近年、偽・誤情報対策を積極的に進めようとしているが、SNSの投稿総数や閲覧総数に対しての偽・誤情報の割合が掲載された政府資料は見たことがない。対策するほどの脅威ならば根拠となる数値を示してほしいと考えるのは私だけだろうか? 「民主主義への脅威」という表現は日本でも欧米でもよく使われるが、具体的に言及されるのは事例だけであり、過去のメタアナリシスやシステマティック・レビューを踏まえた定量的な影響評価は見たことがない。繰り返しになるが、政府が提示するのは偽・誤情報の事例や投稿数や閲覧数だけのことが多く、全体に対する割合はもちろん影響も公開されない。こちらも警戒主義を台頭させることになる。

中露イラン、IBVEs、メディアが構築したwinwinの偽・誤情報ネットワーク

攻撃側である中露イランなどの国は、IBDを見つけては拡散し、それによって極右などのIBVEsはリーチを拡大し、フォロワーと広告収入を増やす。IBVEsと中露イランの間に直接の関係はないため、どちらも強く非難できない。中露イランなどのプロパガンダメディアを規制することは可能だが、無数のプロキシを持っているため、拡散を止めることはできない。

メディアは優先的に偽・誤情報を取り上げることで、拡散の手助けをする。メディアが偽・誤情報を取り上げることによって、拡散を広げるマイナスの効果(ウォードルの拡散のトランペット)が生まれることは6年以上前から知られている。ファクトチェックには一定の効果があるが、同じく偽・誤情報の拡散を加速したり、警戒主義を招くマイナスの効果もある。結果として、対策は社会に情報に対する猜疑心と警戒感を広める負の効果をもたらしている。

前述のように、各アクターは初期段階で毎回ほぼ同じようなことをやっているのだが、仕掛ける側の方が有利なのは当然だ。問題が起きた時点で、すでに成功なのだから。中露イランなどのFIMI、IBVEs、メディアが主たる受益者であり、専門家は注目され、仕事が増えるメリットを受けることもある。後述するように政府は失政を偽・誤情報問題にすり替えることができるメリットがある。短期的には関係する全てのアクター(市民をのぞく)にとって、偽・誤情報の脅威を誇張することにメリットがある。

整理すると、現状、初期段階において偽・誤情報の拡散を止める有効な手段はとられておらず、中露イラン、IBVEs、メディアの連携によって逆に拡散しやすくなっている。下図は一般的な影響工作の図だが、欧米で偽・誤情報に関する問題が発生した際、一気に複数国のメディア、著名人、政治家などまで広がりやすくなっている。今回の英暴動やトランプ暗殺未遂事件がよい例で、一気に世界に偽・誤情報が広がり、各国の警戒主義を強化した。

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プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

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