コラム

もうひとつのウクライナ危機 ロシアのデジタル影響工作

2022年02月14日(月)17時00分

ロシア外の親ロシア派

ロシアを支持するいわばシンパの人々もいる。ベラルーシ大統領Alyaksandr Lukashenka、ウクライナ議会議員Valeriy HnatenkoやViktor Medvedchuk、ウクライナ保安局元職員Vladimir Mulik、グルジアのFacebookページPoliticano、親ロシアの政党Conservative Movementとその傘下のメディアAlt-Infoなど、多くの親ロシア派の人々が活動している。

親ロシアとは限らないが、反NATOの人々の発言もロシア系メディアは積極的に拡散しており、取材してインタビュー番組を作ることもある。クロアチア大統領Zoran Milanović、スペインの欧州議会議員Manuel Pineda、フランス国民議会(French National Assembly)議員Michel Larive、フランス・インテリジェンス・リサーチ・センター(French Intelligence Research Center)の創設者兼ディレクターÉric Denécé、ハンガリー国防相Tibor Benkeなどが過去に取り上げられた。

今回、EUはロシアと対立しているわけだが、各国の温度差はかなりあり、親ロシア派というとおおげさだが、かなり寛容な態度を見せている国もある。フランス大統領のマカロンは、モスクワでプーチンに会う前に、「ロシアの安全保障上の懸念は正当であり、欧米諸国はロシアをよりよく理解する必要がある」と語り、「合意に達するためには欧米側が譲歩すべきである」と示唆した(The Wall Street Journal)。

親ロシアではないが、今回のアメリカ政府の対応について批判的な声は議員や知識層からも聞こえる。ついこの間も、他国に軍隊を派遣してまでお節介を焼くアメリカ政府の行動を「暴力的拡張主義外交」や「リベラル帝国主義」などと呼んで批判するエッセイ(The New York Times)が掲載され、その中でアメリカ政府内部での意見の不一致なども紹介されていた。

以前にも書いたが、現在の民主主義は不完全であり、科学的、論理的な脆弱性を持っている。そのため簡単に綻びを見せてしまう。今回も綻びが見えており、そこをロシアの影響工作に利用されている。SNSの項で紹介したように、必ずしも親ロシア派ではない知識人をロシア系メディアが取材したり、発言を拡散しているのはそのひとつと言える。

ロシア政府を支援している組織、プロキシ

ここでいうプロキシは以前アメリカ国務省が名指ししたロシア政府を直接あるいは間接的に支援している複数の組織である。プロキシが発信しているコンテンツには、アメリカが自国とNATOの影響力を維持、拡大するためにウクライナ侵攻の意図のないロシアを悪役にでっちあげているといった話や、NATOはウクライナを加盟させないといった話(あるいは加盟させない方が平和だ)が多く見られた。

もっとも活動量が多かったプロキシはNews Frontだった。もともとCrimean Frontという名称でロシアのクリミア併合を支援するために作られただけあって、記事の数は多く、頻繁に更新されている。軍事行動に関するものからデマまで、さまざまな内容の記事が次々と投稿されている。

New Eastern OutlookSouthFrontKatehonなどのプロキシもウクライナ情勢に関して親ロシアの記事を掲載している。

ロシア系メディア

ウクライナ情勢の緊迫化にともない(もしくは軍事的手段の前段階、代替として)、プロパガンダの発信が増加している。

プロパガンダ発信に用いられるメディアは多数あり、そこで語られる内容はある程度重複している。語られている内容の例は下記である。

・ウクライナには周辺地域に攻撃を行う意図がある
・ウクライナのNATO加盟は実現しない
・プーチンにウクライナ侵略の意図はない
・ウクライナに送られている兵器は旧世代の不要品であり、事故の危険がある
・欧米メディアへの批判
・アメリカはヨーロッパでの影響力とNATOを維持、拡大するためにウクライナを利用し、ロシアを悪役に仕立てている
・中国がロシアを支持していることを過剰に強調

主なメディアとしては、SputnikSputnik日本版RTVestiRIA FANRIA Novostiなどで、今回の影響工作に関係しているものは20を超え、新聞、ラジオ、テレビなどさまざまな媒体を網羅している。中には、Putin Todayというメディアもある。

これらのメディアは独自記事はもちろんのこと、ウェブサイト、SNSで親ロシア派の人々の発言やロシアの公式発表を拡散している。

今回、ご紹介したのは氷山の一角であり、実際にはより多くの活動が行われている。ロシアをこれらを有機的に連動させて繰り広げている。すでにネット上では戦闘が始まっているのである。


プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)など著作多数。X(旧ツイッター)

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