コラム

中国のデジタル影響工作最新動向──中国の外交官は1日平均778回ツイートする

2021年08月18日(水)18時45分

ディアスポラへのアプローチ

「CHINA'S DISINFORMATION STRATEGY Its Dimensions and Future」(大西洋評議会)で中国がディアスポラに対してアプローチしているものの、決してうまくいっていないことをレポートしている。ディアスポラとは、中国国外で暮らす中国人のことである。ディアスポラへのアプローチは以前から中国の課題であった。

同レポートでは、中国はロシアと異なり、相手社会の分裂を利用することができていない、相手国の状況に関する知識が不十分で効果的なデジタル影響工作を行えていない、メディアの使い方もうまくなくディアスポラを取り込むのがうまくいっていない、といくつもの問題点を指摘している。ただし、ディアスポラ対策に充分な資源を投入し、AIなどの技術を活用することで短期間に改善される可能性もあるともしている。

改善の片鱗が見えたのが、パンデミックの最中に中国が仕掛けた「#StopAsianHate」便乗キャンペーンだ。もともとこのハッシュタグは、アジア系アメリカ人が始めた人種差別を目的とした攻撃や差別をなくすためのもので正当な活動だった。これに便乗する形でコロナウイルスが中国の研究施設で作られたと主張していたLi-Meng Yan博士への攻撃を始めた。2021年4月から6月の間に、#StopAsianHate と #LiMengYan を含んだ3万件以上のツイートがあり、6,000以上の不審なアカウントがリツイートした。アメリカではなく北京のビジネス時間に多く投稿されているなど、中国の関与を疑わせるものが多かった。このキャンペーンはフェイスブックやRedditなど複数のSNSで行われた。

中国のディアスポラへのアプローチはじょじょに洗練されてきており、中国の脅威にさらされているオーストラリアの上院では自国の中国ディアスポラに対してデジタル影響工作に取り込まれないような措置を講じるべきとする提言が出された。

YouTubeにおける新疆ウイグル自治区動画キャンペーン

調査報道で知られるPro PublicaとThe New York Timesが共同で3,000本以上の動画を分析した結果、YouTubeなどを利用して中国政府がデジタル影響工作を仕掛けていることを突き止めた

新疆ウイグル自治区の人々を撮影した動画をまず中国共産党機関紙「人民日報」のニュースアプリ「Pomegranate Cloud」で公開し、その後英語字幕をつけてYouTubeなどで公開された。動画の内容は、新疆ウイグル自治区で問題となっていることはないと地元の人が主張するものである。ほとんどの動画は中国語かウイグル語で、同じスクリプトに従っている。登場する人物は自己紹介をした後、自分たちの幸せで豊かな生活から新疆で抑圧的な政策が行われるはずがないと説明している。

その動画を中国メディアおよび前項で紹介した外交官アカウントとフェイクアカウントが世界に拡散した。フェイクアカウントの多くはランダムな文字列を投稿時に付加したり、アカウント作成日が近かったり、北京のビジネス時間に活動が集中していたりした。また、これらのアカウント4分の3近くはYouTubeとツイッターで同じ動画のコピーを30分以内に投稿していた。ほぼ同時であることから協調していると考えられる。

たとえばある動画は中国メディア「Global Times」が1月25日に中国のKuaishouに投稿し、その2日後、複数のアカウントが30分以内にツイッターとYouTubeに動画を投稿した。そして、1週間後には、中国外交部の代表者2名がツイッターに投稿した。

AI(StyleGAN)で生成した画像の利用

StyleGANとはひらたく言えば画像を生成する方法のAIのひとつであり、容易にリアルな「存在しない人物の顔」の写真を作ることができる。

Centre for Information Resilienceは中国のデジタル影響工作について幅広く分析しており、その中で最近StyleGANによるプロフィール画像の利用が増加していると指摘している。詳細については拙ブログをご参照いただきたい。

同レポートによれば特にツイッターのプロフィールに用いられることが多く、他にはアニメ画像、再利用アカウント(他の目的に使用していたアカウントの利用)なども目立っていた。再利用に関してはフェイスブックやYouTubeでも同様の傾向が見られた。ただし、見破られてしまうあたりは洗練されているとは言いがたい。

中国のデジタル影響工作は日本にとって脅威なのか?

以上見てきたように中国のデジタル影響工作はまだ発展途上であり、洗練されているとも効果的であるとも言いがたい状態である。しかし数に物を言わせて拡散する力は圧倒的であり、技術も進化している。またロシアやイランなどと協調した動きも出て来ている。安心していられるわけではない。

とはいえ中国がネット以外で展開してきた影響工作の多くが不発に終わっていることがいくつかのレポートで指摘されている。たとえば、戦略国際問題研究所がある。個別に親中派の日本の政治家の名前を挙げているものの、全体として中国は日本において主たる目標を達成できていないと結論している。その背景には「日本人は中国が嫌い」という感情があるとしている。

しかし、このレポートでも紹介されているように、かつて日本人の中国に対する好感度は低くなかった。1989年から1995年の6年間で好感度と嫌悪が拮抗するようになり、そこから2005年までの10年で大きくネガティブなものに変わっていった。逆の変化がなにかのきっかけで起きないとは限らない。ただ、それを人為的に起こすには現在よりももっと包括的なアプローチが不可欠だろう。それは今の中国のデジタル影響工作にもっとも欠けているものである。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、EU産ブランデーに最大34.9%の関税 5日

ビジネス

旧村上ファンド系、フジ・メディアHD株を買い増し 

ワールド

オランダ国防相「ロシアが化学兵器の使用強化」、追加

ビジネス

GPIF、24年度運用収益1.7兆円 5年連続増も
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 7
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    「コメ4200円」は下がるのか? 小泉農水相への農政ト…
  • 10
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 5
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 6
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 7
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 8
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 9
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 10
    ロシア人にとっての「最大の敵国」、意外な1位は? …
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story