コラム

ランサムウェア犯罪の現状とは──在宅勤務が加速させ、中学生から外国政府ハッカーまで広がる

2020年11月27日(金)01時59分

拡大するランサムウェア市場

二重恐喝型とRaaSによってランサムウェアの市場は拡大した。ランサムウェアでは犯行グループが儲けすぎてお腹いっぱいなので仕事を辞める満期引退を宣言することがある。2016年から2018年にかけて活発だったSamSamと呼ばれるランサムウェアはおよそ6億5千万円を稼いで満期引退を宣言した(SOPHOS)。これに対して2019年に満期引退したGandCrabは200億円以上を稼いでいた(eset)。短期間に金額が膨れ上がっていることがわかる。

内部から組織を食い物にするRaaS

RaaSを利用することはきわめて簡単だ。RaaSサービスを提供しているランサムウェア犯罪グループのサイトで、メールアドレス、報酬の支払い先のビットコインのアドレス、身代金の金額を入力するくらいでよい。すると、自分専用のランサムウェアがダウンロードされる。あとはこれを使うだけ。アフィリエイトなみに簡単だ。

足のつかない捨てアドレスを作り、他の社員の名前を使って数人の社員にランサムウェアつきのメールをうまく開かせる文言つきで送付する。あるいは他の社員が離席した隙、あるいは社外の人間に貸与しているアカウントからグループウェアにアクセスし、「クライアントからクレームが来ています。ファイルを確認のうえ該当する人はすぐに申し出てください」と書いてランサムウェアを登録しておく。同僚が離席した隙にPCにインストールしてしまってもいい。さまざまなやり方があるが、技術的な難易度は低い。多少知識があればダークウェブで売買されているアドレスを入手したり、IPアドレスを隠して実行できる。これまでのサイバー犯罪に比べてはるかにハードルが低い。

サイバー犯罪においてもともと内部犯行はもっとも注意すべき脅威のひとつだ(情報処理推進機構 セキュリティセンター)。そのハードルが下がるのだから、危険性は高まり、頻度は増える可能性が高い。社内でなくても社内の事情がわかり、出入りできる関係者なら容易に犯行におよぶことができる。

なにしろ必要なのは、攻撃すべき相手を特定できて(メールアドレスなど)、その相手が開きたくなるような文言を考えられ、相手がうっかり信用してしまう人物になりすますことだけだ。そこには特別なハッキング技術は必要ない。そして、今までのところ捕まる可能性はきわめて低い。寡聞にして筆者はRaaS参加者が逮捕された事例を知らない。

もうひとつ内部からの危険を加速するのが、コロナで広がった在宅勤務である。在宅勤務のサイバー上のリスクはオフィスワークに比べるとはるかに高いことがわかっている。在宅勤務でマルウエアに感染している件数はオフィスワークの3.5倍から7.5倍と格段に高いのだ(BitSight、2020年4月14日)。

その理由は明白で、そもそも在宅勤務は個人が管理しなければならないセキュリティがオフィスワークよりも多い。オフィスではシステム部などが管理していたルーターなどを自分で管理しなければならない他、家族のパソコンやスマホまで管理しなければ安全を確保できない。このへんの分析は「PwC's Cyber Intelligence リモートワーク導入により高まる二重恐喝型ランサムウェアの脅威」にくわしく書かれている(PwC's Cyber Intelligence、2020年10月28日)。在宅勤務者からランサムウェアが社内ネットワークに広がる危険性は低くない。

子供がSNSなどを使ってランサムウェアを拡散し、感染した先の家庭の両親のPCにまで感染すればその勤務先の企業まで感染が広がってもおかしくない。実際、中学生がランサムウェアを作成してツイッターで拡散した事件も発生している(CNET JAPAN、2017年6月17日)。ランサムウェアを作るよりは、アフィリエイターになる方がはるかに簡単だ。RaaSとコロナの影響による在宅勤務の増加が、組織を内部からランサムウェアの危険にさらしている。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米、麻薬カルテル撲滅へプエルトリコに戦闘機10機配

ワールド

プーチン氏、ロシア経済の停滞否定、金融引き締めを擁

ワールド

アフガン東部で2度の強い余震、被害拡大に懸念 国連

ビジネス

英小売売上高、7月は前月比+0.6% 予想上回る
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...地球への衝突確率は? 監視と対策は十分か?
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害」でも健康長寿な「100歳超えの人々」の秘密
  • 4
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 5
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 6
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習…
  • 7
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 8
    世論が望まぬ「石破おろし」で盛り上がる自民党...次…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 10
    SNSで拡散されたトランプ死亡説、本人は完全否定する…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 7
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 8
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 9
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 10
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story