コラム

『ボラット』の監督が作った9.11のコメディー『オレの獲物はビンラディン』

2017年12月16日(土)15時28分

ハリウッド映画のアラブ人・ムスリム差別

とはいえ、もともとハリウッド映画は、中東、とくにアラブ人やイラン人、そしてムスリム(イスラーム教徒)に対して差別的なあつかいをする傾向があり、つねづね批判の対象にもなってきた。

たとえば、そのもっとも質の悪い作品としてしばしば俎上に載せられるのが、アーノルド・シュワルツェネッガー主演・ジェームズ・キャメロン監督の『トゥルーライズ』(1994年)である。シュワルツェネッガーは米国の対テロ工作員で、「真紅のジハード」というパレスチナ人テロ組織と戦い、いろいろドタバタあったすえに勝利するという、ある意味シュワルツェネッガーらしいコメディー作品である。もっとも、今やすっかり大監督となったキャメロンからみると、ほとんど黒歴史かもしれないが。

この映画は公開当初から、女性蔑視との批判を浴びていたし、登場するアラブ人やイスラーム教徒は大半が間抜けなテロリストとして描かれており、米国内でもムスリムを中心に上映反対運動が起きたほどであった。これは極端な例としても、ハリウッド映画で描かれるアラブ人やムスリム像は、多かれ少なかれ偏見や意図的な差別に晒されている。

ルドルフ・バレンチノが一躍スターダムにのし上がった1921年公開の『シーク』では、野蛮で好色なアラブ人とハーレム、女奴隷といったその後の欧米の通俗的な映画や文学作品に登場するアラブ人像の原型ができた。このイメージは現代のハーレクイン小説や日本のBLものにも通底するといえる。

その後もアラブ人像は各時代の政治情勢に対応したかたちで変化してはいるが、ジョージ・クルーニー主演の『スリー・キングス』(1999年)などを数少ない例外として、通俗的なステレオタイプを打破できた作品は少ない。

『オレの獲物はビンラディン』が通俗的なステレオタイプに悪乗りしようとしたのか、それともそのステレオタイプを皮肉ろうとしたのかは、正直わからなかった。いずれにしても、約3000人の犠牲者を出した9.11事件に関わる映画の多くが、『ゼロ・ダーク・サーティ』にしても、またスティーブン・スピルバーグの『ミュンヘン』(2005年)にしても重苦しい作品であったのを思うと、ようやくハリウッドのメインストリームでも9.11でコメディーが作れるようになったということであろうか。

『ミュンヘン』はもちろん、ミュンヘン・オリンピックでのパレスチナ・ゲリラによるイスラエル選手団襲撃事件を描いたもので、9.11事件とは直接関係ないが、映画の最後の場面に世界貿易センターのツインタワーが象徴的に登場する。ちなみに、ユダヤ系のスピルバーグは、この映画をパレスチナ人の視点で描いていると親アラブ派から評価されたり、親イスラエル派から批判されたりしている。

なお、ハリウッド映画におけるアラブ人の描かれかたを分析した研究にジャック・シャーヒーンの『Reel Bad Arabs』とその続編ともいうべき『Guilty: Hollywood's Verdict on Arabs After 9/11』がある。シャーヒーンはレバノン系アメリカ人で、実はわたしがもっとも影響を受けた研究者の一人でもあったが、今年7月、惜しくも世を去った。彼が『オレの獲物はビンラディン』を見たら、どう評価したであろうか。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授等を経て、現職。早稲田大学客員教授を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米GDP、第1四半期は+1.6%に鈍化 2年ぶり低

ビジネス

ロイターネクスト:為替介入はまれな状況でのみ容認=

ビジネス

ECB、適時かつ小幅な利下げ必要=イタリア中銀総裁

ビジネス

トヨタ、米インディアナ工場に14億ドル投資 EV生
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP非アイドル系の来日公演

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    やっと本気を出した米英から追加支援でウクライナに…

  • 8

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 9

    自民が下野する政権交代は再現されるか

  • 10

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story