コラム

死と隣り合わせの「暴走ドリフト」がサウジで大流行

2016年05月25日(水)17時09分

 ところがサウジアラビアの場合、もともと車好きであるのは有名だったが、若者たちは技術そのものよりも、いかに勇気があるかのほうを競っている気がしてならない。サウジのドリフトが交通量の多い道路でも行われており、ドリフトしながら、一般の車両を猛スピードで追い抜いていくタトウィーフという技もあることなどからも、若者たちは死と隣り合わせの危険を楽しんでいるようにみえるし、イスラーム法学者たちのなかには、ドリフトを自殺に近いと主張するものもいる。最近ではこうしたスピードマニアだけでなく、片輪走行などのアクロバティックな技術を競うケースも目立ってきている。すごいのになると、片輪走行しながら、同乗者がタイヤを交換したりする

 通常、これらの暴走行為が行われるのは都市部の自動車専用道路であるが、サウジアラビアの場合、自動車専用といっても、だいたい砂漠の一本道なので、多くの見物客や野次馬が間近にいるなかで、ドリフトが行われる。観客は、派手な技が決まれば、拍手喝采でドライバーを称賛する。その模様がYouTubeやFacebookなどで公開され、視聴数や「いいね」が増加すれれば、ドライバーはヒーローになれるのだ。

 当然、危険な行為なので、これまで幾多の死傷者が出ている。ドライバーや同乗者が死ぬのは自業自得だろうが、巻き添えで死傷する悲劇も少なくない。したがって、ドリフトはしばしば「ドリフト反乱」とか「路上のテロ」と称され、著名なイスラーム法学者も、ドリフト行為を禁止行為(ハラーム)とみなすファトワー(宗教判断)を出している。ドリフトは、サウジ社会の深刻な病巣であるが、同時に若者文化の一部として研究者の関心も引いており、最近では英語の研究書まで出版されている(Pascal Menoret 2014. Joyriding in Riyadh, New York: Cambridge University Press)。

 もともとサウジアラビアでは、暴走行為で死亡事故を起こしても、数か月から1年程度の懲役か「血の代償」(賠償金)ですむことが多かった。だが、暴走行為が大きな社会問題になるにつれ、厳罰化の流れが強まり、たとえば2009年には悪名高い伝説の暴走族、アブーカーブに対し懲役20年、鞭打ち3000回の判決が下された(このときは、遺族が死刑を求めたため、一審では死刑判決が下されていた)。その後も悪質な事故の場合、死刑判決が出ることはあったが、筆者は死刑が確定したり、執行されたりしたケースは知らない。また、死亡事故でない場合はかならずしも罰は重くないようだ。

【参考記事】若者の未熟さと「イスラム復興」の契機【アラブの春5周年(中)】

 さて、このドリフト、サウジアラビアではタフヒート(tafḥīṭ)とかハグワラ(hagwala)と呼ばれる。ところが、これらの語はふつうのアラビア語辞書には出てこない。両語とも、サウジ方言で「逃亡」とか「放浪」などを意味する語から派生したといわれているが、このこと自体が、サウジの暴走族の社会的位置をよく示しているといえる。古くは、これらの語は悪い意味で使われていたが、ドリフトを行う連中はもちろんこれをかっこいい意味で用いているのだ。社会に強い不満をもつ若者たちが危険な暴走を行うことで、悪のヒーローとして賞讃される現実があるかぎり、こうした行為はなかなか減らないであろう。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

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