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焦点:北極圏に送られたロシア活動家、戦争による人手不足で受刑者の強制労働が急増

2025年09月16日(火)14時22分

 ロシアのシベリア中部クラスノヤルスクに穏やかな春が到来していたある日の夕方、エカテリーナ・ファティアノワさん(38)は防寒着の荷造りを急いでいた。写真は3月、北極圏の都市ノリリスクで撮影(2025年 ロイター/Alexander Manzyuk)

Mark Trevelyan

[ロンドン 11日 ロイター] - ロシアのシベリア中部クラスノヤルスクに穏やかな春が到来していたある日の夕方、エカテリーナ・ファティアノワさん(38)は防寒着の荷造りを急いでいた。

ほんの数時間前、活動家で非常勤の新聞編集者も務めるファティアノワさんの元に通知が届いた。ロシアの戦争検閲法に違反した罪で、翌日には北へ飛行機に乗り、1500キロ離れた北極圏内で2年間の服役を命じられたのだ。

行先はノリリスク。公害で汚染され、陰うつとした人口17万5000人の同市はかつて、旧ソ連指導者スターリンの強制収容所(グラーグ)ネットワークの拠点として悪名高い辺境地だった。

ファティアノワさんに科せられた強制労働は、有罪判決を受けた人々を刑務所に収容する代わりに企業や地方自治体のために働かせる刑罰だ。

「思い出すと気分が悪くなる」と出発前、眠れずに過ごした夜を振り返った。

ウクライナ戦争による慢性的な労働力不足にあえぐロシアでは、強制労働を強いられる受刑者が増え続けている。ファティアノワさんもその1人になろうとしていた。

チュイチェンコ法相は、強制労働は窃盗など数十種類の軽い犯罪に対して科されるもので、2020年から23年の間に5倍に増加したと述べた。

同氏は昨年、政府は強制労働システムの上限を22年の1万5000人から8万人に増やす計画だと説明したが、その時期は明言しなかった。

財務省は今年、受刑者の労働から約500億ルーブル(約870億円)の国家収入があると推計し、20年に比べ3倍に増加するとの見通しを示した。

<強制収容所には当たらない>

2011年に現在の形で導入された強制労働についてロシア政府は、犯罪者が経済や社会に貢献できるようにすると同時に、再犯を減らす人道的な刑罰の一形態であるとしている。

強制労働に就く人々は「矯正センター」で監視下に置かれながら生活するが、公的には受刑者とはみなされない。賃金を受け取り、携帯電話を使用し、毎日数時間「プライベートな時間」を過ごすことも認められている。

「これは強制収容所には当たらないだろう」。21年、当時連邦刑執行庁(FSIN)の長官だったアレクサンドル・カラシニコフ氏は、寒さや飢え、過酷な労働によって数百万人が命を落としたスターリン時代の収容所を引き合いに出し、こう述べた。

ただ、ソ連時代に強制労働の場として建設された収容所「ノリラグ」が位置したノリリスクなどで強制労働システムが拡大していることに、歴史が繰り返されるのではないかと危惧する声もある。

ノリリスクには現在、より重大な犯罪を犯した人々が送られる男子刑務所コロニーと、男子矯正センター、そして4月に新たに開設され、その翌月ファティアノワさんが送られた女子矯正センターがある。

「当局は北極圏で、69年ぶりに女性向けのノリラグを再び作りだした。女性たちは健康を害している」とシベリアの人権活動家オルガ・スボロワさんは指摘する。スボロワさんはファティアノワさんのため、地域や連邦当局に請願活動を行った。

スボロワさんは、政府発行紙「ロシースカヤ・ガゼータ」が23年にノリリスクをロシアで最も汚染された都市と呼んだことを引用し、厳しい気候や環境の悪化を指摘した。

ロシア人権団体OVDインフォの弁護士でドイツ在住のエヴァ・レベンバーグ氏によると、ロシアの法律では受刑者の賃金の最大75%を、維持費や裁判所が命じるその他の支払い分として差し引くことができるという。

「受刑者らは事実上、奴隷労働に近い立場に置かれている。雇用主を選べず、自身の権利を守るために労働組合を組織する自由もない」とレベンバーグ氏はロイターに語った。「思うに、その理由は主に経済的なものだろう。企業は人件費を削減すると同時に、あらゆる労働基準を遵守する必要性から逃れようとしている」。

記事に関してロシアの法務省、刑執行庁、連邦政府に質問したが、返答は得られなかった。この制度で恩恵を受けている企業2社はロイターの取材に対し、労働基準を完全に遵守していると述べた。

<ウクライナ戦争による労働者流出>

ロシアが2022年2月にウクライナへの全面侵攻を開始して以降、何十万人もの人々が軍に入隊したり、徴兵から逃れるために国外脱出を選んだ。企業は今、人手不足に陥り、賃金は上昇している。

国営メディアと刑務所局によると、製造、建設、住宅、林業、小売、防衛などの業界で、企業が受刑者を受け入れている。道路清掃員など、地方自治体に所属する人もいるという。

国営タス通信は22年11月、250人の受刑者がロシアの戦車メーカー、ウラルワゴン工場(UVZ)で働いていると伝えた。UVZを所有する国営ハイテク複合企業ロステックは、傘下企業での強制労働に関する質問にコメントしなかった。

インターネット通販企業オゾンは、5万人以上の従業員のうち233人の受刑者を倉庫スタッフとして雇用しているという。オゾンはロイターへの声明で、彼らにも残業手当や有給休暇、病気休暇といった福利厚生の権利はある一方、給与から矯正センターへの支払いや罰金が差し引かれていることも認識していると述べた。

ロシア当局は強制労働について、人材確保に苦戦する企業にとって好都合だろうとの見方を隠していない。ノリリスク市のデータによると、7月の求人数は3789人であったのに対し、失業登録者はわずか172人だった。

定員105名の女子矯正センター開設にあたり、地方矯正局のユーリ・セメニュク氏は3月、同局の新聞に「予算を節約」し、「労働力不足に陥っている企業や組織の生産上の問題を解決する」と語った。

OVDインフォによると、強制労働を言い渡された人のうち政治犯は少数ではあるものの増加傾向にあり、22年以降68人に上ると指摘した。

<ファティアノワさんの事例>

2024年春に突然ノリリスク行きを命じられたファティアノワさんは、20年近く抗議活動を続けてきた。

事の発端は23年3月、彼女が本業の合間に運営していた小規模の共産主義系新聞に、ウクライナ戦争に関する記事を掲載したことだった。帝国主義的な動機によって戦争が引き起こされたと主張する内容で、筆者はファティアノワさんではなかった。

ファティアノワさんは24年、この記事を根拠に裁判所によって精神病院に送られ、1カ月にわたる検査を受けたが、医師から正常だと診断されたため退院したと、ロイターは2月に報じている。

そして12月、「軍隊の信用を失墜させた」として2年間の強制労働を言い渡された。

ファティアノワさんは以降、電子ブレスレットの着用を強制され、電話やインターネットの使用を禁止されたまま、身動きが取れない状態で数カ月を過ごした。

5月7日夜、私服警官1人と制服を着た刑務官2人が予告なしに訪れ、翌日ノリリスク行きの飛行機に乗るよう告げた。

ファティアノワさんはその夜、人権活動家のスボロワさんを通じてロイターとテキストでやりとりし、「熱病のような緊張状態にある」と語った。

ノリリスクでは1年のうち8カ月間、1日の平均気温が氷点下になり、冬にはマイナス50度を下回ることもある。

たった10キロという荷物制限の中で、ファティアノワさんはセーター2枚と、カーディガン、防寒タイツ、コート、スカーフなどの衣類をかばんに詰め込んだ。観葉植物は手放し、飼い猫のロコトックは年老いた母親に預けた。

<故郷から遠く離れて>

ファティアノワさんはノリリスク到着後、矯正センター行きのバスに乗るよう命じられた。到着後、全裸で検査を受けたという。

ロイターは印刷されたファティアノワさんの1日のスケジュールを確認した。午前6時起床、その後50分間で運動、洗濯、トイレ、ベッドメイク、部屋の掃除、検査、朝食までを済まさなければならない。

「この体制では、常に心理的緊張を強いられる」とファティアノワさん。午前6時37分のバスに乗るには、さらに早起きして軽食を持っていかなければならないと話す。スケジュールを見る限り、受刑者らは週5日、昼食の1時間を含めて1日8時間働いている。

ファティアノワさんは現在、50人以上の女性らと共に矯正センターで暮らす。施設の全員が工業用地の清掃員として働いているという。

ファティアノワさんは人権活動家のスボロワさんを通じ、世界最大のパラジウムとニッケルを生産するロシアの金属生産大手ノルニッケルの従業員用のホステルで働いていることを示す証拠を共有した。

業務は肉体的労働を伴い、寮内やトイレ、シャワー、階段の掃除もあるという。

ロイターが確認した給与明細では、雇用主は「サービス・パートナー・タイミル」という会社で、7月分の給与は5万2150ルーブルとなっていた。求人情報会社ゴロドラボットによれば、同月のノリリスク市で働く清掃員の平均給与は6万8669ルーブルだった。

サービス・パートナー・タイミルの従業員のうち何人が強制労働者なのか、彼らがどこに配属されているのか、ロイターが確認することはできなかった。同社はコメントの要請に応じていない。

ノルニッケルはロシアの労働法と雇用法を厳格に遵守しているが、人材会社との契約詳細は商業上の機密事項であるとして開示していないと述べた。

ファティアノワさんは、同矯正センターでは政治犯として有罪判決を受けたのは自分一人だけで、監督者から嫌がらせの標的にされていると言い、自身の健康と安全を恐れていると語った。他の収容者の多くは、窃盗や薬物犯罪、借金の未返済などが理由だった。

職員に対して「誤った」挨拶をした、決められた時間に運動をしなかったなど、他の人であれば許されるような細かい違反でも、監督者から懲戒処分にすると脅されたという。

またファティアノワさんが苦情を言ったところ、監督者はさらに厳しくすると脅迫したという。

当局はこうした苦情への2通の回答書で、ファティアノワさんの安全が脅かされた証拠はないと述べた。故郷クラスノヤルスクに返してほしいという申し立ては却下された。

ファティアノワさんは自分の境遇を話すことで、ロシアにおける政治犯の苦境に注目が集まることを望んでいると語った。

「国際社会の関心が、ロシアの刑法改革につながるはずだと信じている」

ロイター
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