アングル:米安保政策転換で新たな企業リスク発生、米政府の半導体「上納金」

8月11日、トランプ米大統領は、米半導体大手に人工知能(AI)向け半導体の対中輸出を認める見返りに、半導体の売り上げの一部を米政府に「上納」させる仕組みを打ち出した。 写真はエヌビディアのロゴ。1月27日、ボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボ市で撮影(2025年 ロイター/Dado Ruvic)
Karen Freifeld Arsheeya Bajwa Alexandra Alper
[11日 ロイター] - トランプ米大統領は11日、米半導体大手に人工知能(AI)向け半導体の対中輸出を認める見返りに、半導体の売り上げの一部を米政府に「上納」させる仕組みを打ち出した。これは過去数十年にわたる米国の国家安全保障政策を覆すもので、企業は全く新しい分野のリスクに直面する。
米政府によると、米半導体大手のエヌビディアとアドバンスト・マイクロ・デバイシズ(AMD)は、中国向けに一部のAI半導体の輸出を認められる代わりに、こうした半導体の中国での販売売上高の15%を政府に納めることで合意した。対象にはエヌビディアのAI半導体「H20」などが含まれる。トランプ氏は記者会見で、エヌビディアの旗艦となる最新型半導体「ブラックウェル」の劣化版を中国に販売することを認める用意があるとも述べた。
米政府はこれまで、慎重な判断が必要な技術の輸出管理については国家安全保障上の根拠に基づいて決定を行ってきた。こうした判断に交渉の余地はなく、ある技術が規制対象になれば、企業はその規制によっていかに収益性の高い海外販売収益が失われようとも、金銭の支払いで規制を回避することはできなかった。
トランプ氏の今回の政策転換でこうした時代は終わりを迎えることになりそうだ。
トランプ氏の半導体政策を巡っては国内の超党派の議員から、センシティブな技術の敵対国への輸出で「カネで許可を得る」という枠組みが生まれる恐れがあると非難の声が上がっており、アナリストや法務専門家も同様の懸念を示している。
米議会下院の中国共産党に関する特別委員会の委員長を務める共和党のジョン・モーレナー議員(ミシガン州選出)は「輸出管理は国家安全保障の最前線。中国のAI強化につながる技術の販売を政府に認めさせる前例は作るべきでない」と訴えた。
同委員会の民主党筆頭ラジャ・クリシュナムルティ議員(イリノイ州選出)も「安全保障上の懸念に値札を付けることで同盟国や中国に対して、米国の国家安全保障の原則は適切な金額さえ払えば交渉可能だというメッセージを送ってしまう」と危惧を示した。
トランプ政権は、H20は中国で広く販売されており、対中輸出再開に伴う国家安全保障上のリスクは最小限だと説明。ラトニック商務長官は先月のCNBCのインタビューで、H20の性能はエヌビディア製半導体としては「上から4番目だ」と評し、中国企業が米国の技術を使い続けることは米国の国益にかなうとの認識を示した。
<憲法違反の懸念>
トランプ氏の今回の政策が合法かどうかは不明だ。
米憲法は議会が州からの輸出品に税や関税を課すことを禁じている。通商弁護士のジェレミー・イルリアン氏は今回の合意について、詳細が分からないと「輸出税」か別の支払いか判断が難しいとしつつ、「輸出許可を得るために企業がいくら払うべきかという発想は前例がない」と述べた。
カリフォルニア大サンディエゴ校グローバル政策・戦略学部のカイル・ハンドリー教授も「明らかに輸出税のように見える。どのように称してもいいが、実際のところ政府が少し上前をはねたように映る」と語った。
エヌビディアの広報担当は政府に売り上げの15%を支払うことに合意したのかとの質問に対し、「政府が定める世界市場での活動に関する規則に従っている」と回答。AMDの広報担当者は、一部AI半導体の対中輸出申請が政府から承認されたと述べたが、売上高の一部を政府に納めるとの合意には直接言及せず、同社は全ての輸出管理規則を順守していると話した。
コーネル大ブルックス公共政策大学院のサラ・クレプス教授は「現政権では、以前ならあり得なかった交渉が可能になった。今回だけの特例ではなく、今後も同様の取引が出てくるだろう」と述べた。
<歯止め失う恐れ>
株式アナリストらは、売り上げの一部を政府に「上納」する仕組みが半導体メーカーの利益率を圧迫し、政府が重要な輸出品に課税する前例になりかねないと見ている。投資運用会社バーンスタインのアナリストは「歯止めが失われる恐れがある」と指摘。この措置により中国向け半導体の粗利益率が5-15ポイント、エヌビディアとAMDの全体的な利益率が約1ポイントそれぞれ低下すると予想する。
エヌビディア株を保有する米資産運用会社ガベリのポートフォリオマネージャー、ヘンディ・スサント氏は「半導体だけでなく、中国向けに戦略的製品を売る他業界は、この上納モデルが自分たちに及ぶと考えるだろう。上納金は負担になり得るが、成長する巨大市場・中国へのアクセスを維持する命綱にもなり得る」と述べた。