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アングル:猛暑で年14兆円の損失も、熱中症対策基準の全米導入は視界不良

2025年07月02日(水)17時15分

全米を記録的猛暑が襲う中、父親の健康を案じるジャズミン・モレノ・ドミンゲスさん(24)は今月、米ワシントンを訪れた。同国で初となる労働者向け熱中症対策基準の導入を訴えるためだ。写真は異常高温警報が出る中、テキサス州サンアントニオで配管作業にあたる人々。2022年7月撮影(2025年 ロイター/Lisa Krantz)

Carey L. Biron

[ワシントン 27日 トムソン・ロイター財団] - 全米を記録的猛暑が襲う中、父親の健康を案じるジャズミン・モレノ・ドミンゲスさん(24)は今月、米ワシントンを訪れた。同国で初となる労働者向け熱中症対策基準の導入を訴えるためだ。

「父が建設労働の仕事に出るたび、また電話がかかってくるのではと不安になる。再び現場で倒れるのではないかと、絶望と緊張の中で毎日を過ごしている」――。米労働安全衛生局(OSHA)が7月初旬まで開催する公聴会で証言する予定のドミンゲスさんはこう語った。父親は10年前に熱中症で脳卒中を起こしたが、過酷な暑さのアリゾナ州フェニックスで建設労働を続けざるを得ないという。

メキシコ出身のドミンゲスさんの父親は65歳。30年にわたり建設現場で働いてきたが、休憩や水分補給、日陰の確保はいずれも義務化されていない。

こうした現状を踏まえ、現在全米で初めて、労働環境における熱中症対策基準が検討されている。労働者の健康を守り、年10億ドルに上る医療費を抑制するのが狙いだ。

<危険にさらされる労働者>

米国では夏の到来とともに、約6900万人の労働者が猛暑による健康被害のリスクに直面している。労働者の安全を訴える全米ネットワーク「COSH」は2024年から熱中症対策キャンペーンを展開している。

COSHのコーディネーターであるブリトニー・ジェンキンズ氏は、労働者による証言の準備を支援してきた。「畑で、レストランで、倉庫で働く人たちにとって、気温40度超の職場で働く現実を語るのに特別な肩書きは必要ない」

極度の高温は心疾患や腎臓疾患などのリスクを高め、労災発生率も上昇させる。

だが、トランプ政権は提案の根拠となった研究を担う国立労働安全衛生研究所(NIOSH)の予算を大幅に削減。専門家の解雇・整理も進めた。

労働省の広報担当者は取材に対し「公聴会終了後、全ての意見を踏まえて今後の対応を判断する」と回答した。

<気温上昇と制度の空白>

米労働安全衛生局(OSHA)は企業に「安全な職場環境の提供」を義務づけているが、熱中症に特化した基準は存在しない。

一方で、気温は世界的に上昇傾向にある。2023年は観測史上最も暑い年となり、米国内では暑さが原因とみられる症状で約12万人が救急搬送された。

同年は熱中症関連の死者も過去最多を記録。米国医師会によると1999年比で119%増加した。

だが、暑さによる労働への影響を正確に把握するのは困難だ。シンクタンク「米国進歩センター」の公衆衛生政策部長ジル・ローゼンタール氏によると、データが不十分であり、報告漏れも疑われるという。

同センターが引用した研究によれば、暑さによる労働生産性の低下で米国で年間1000億ドル(約14兆4000億円)の損失を生んでおり、2050年には5000億ドルに達すると見込まれている。

提案中の基準案では、企業に対して熱中症予防計画の策定、リスクの特定、緊急時対応の準備、高温環境への順応期間の確保などが求められる。ローゼンタール氏は「極めて包括的な内容だ」と評価する。

だが業界団体は反発している。全米住宅建設業協会は、休憩時間や順応期間の義務化について「過剰な規制だ」とし、住宅価格への影響を懸念している。

米商工会議所は、地理や環境、労働現場の実情に応じて柔軟に対応できるよう、提案の撤回と代替案の検討を求めている。

<各州で分かれる対応>

連邦レベルでの対応が不透明な中、各州や市が独自に保護基準を制定する動きが出ている。ローゼンタール氏によると、過去3年間で少なくとも7州が独自の対策を導入した。

半面、テキサス州やフロリダ州では地方自治体による熱対策条例の制定を禁止する動きがある。

労働者擁護団体ワーカーズ・ディフェンス・アクション・ファンドの政策責任者デービッド・チンカンチャン氏によると、テキサス州では2010年に一部自治体が対策を導入したが、23年に州政府がこれを無効化した。同氏は「州政府は無策どころか、熱対策の妨害に転じた」と批判する。

移民労働者にとっては特に深刻な問題であり、多くが報復を恐れて声を上げられない状況にあるという。

ダラスで建設労働に従事する3児の母、ベロニカ・カラスコさん(41)は2010年に渡米。高温下で吐き気や脱力感を覚えることがあり、許可がなくても休憩を取っていると明かす。

カラスコさんは「これまで上司から肯定的な返答を受けたことはない。法的義務がない以上、返答する理由がないのだ」と話し、「建設業界の労働者は選択肢が少なく、極めて弱い立場に置かれている。だからこそ、こうした状況がまかり通ってしまう」と嘆いた。

ロイター
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