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焦点:ロシアのスパイになったあるウクライナ男性、その動機と心情

2025年01月06日(月)10時41分

FILE PHOTO: Rescuers work at a site of a residential building heavily damaged by a Russian missile strike, amid Russia's attack on Ukraine, in Zaporizhzhia, Ukraine October 10, 2022. REUTERS/Stringer/File Photo

Tom Balmforth

[ザポロジエ(ウクライナ) 12月24日 ロイター] - ロシアに情報を流したとしてウクライナに対する国家反逆罪で終身刑の判決を受けたオレ・コレスニコフ受刑者(52)は「スパイ一家」の出身だった。父親は冷戦時代、表向きは通訳としてキューバに駐在していた旧ソ連の諜報員だったし、いとこはロシア連邦保安局(FSB)に勤務している。

旧ソ連時代のウクライナで育ち、国有地管理の仕事をしていたコレスニコフ受刑者はロイターに、居住していたザポロジエ市で軍事施設や部隊移動に関する情報と、ミサイルの着弾地点をロシア側に提供することに同意したと明かした。

その動機は、ロシアと近隣諸国との歴史的、文化的なつながりを強調するプーチン大統領が掲げる「ロシア世界」の思想を支持していたことだ。この思想は、ロシア国内の強硬派がロシア語圏を守るために外国に介入する際の大義名分として使われた。

「私の行動は金目当てではなかった」と受刑者は言い切った。

しかし彼は、ロシア側の不正確なミサイル攻撃で多くの市民が死亡し、戦争は短期で終わるという自分の想定に反して3年近くも続き、故郷が破壊されつつある現実を見せつけられて後悔も口にしている。

彼が逮捕された際、妻は11歳の子どもを連れてどこかに行ってしまった。

ロイターは、コレスニコフ受刑者が終身刑判決を受ける5カ月前の2024年4月、収監されていた施設でウクライナ保安庁(SBU)職員立ち会いの下で面会した。

SBUによると、ロシアによる侵攻後に国家反逆罪で訴追されたのは同受刑者を含めて3200人余りに上る。罪状は情報提供からミサイル攻撃支援、ロシアの政治宣伝拡散まで多岐にわたる。

ロイターはウクライナで有罪判決を受けた3人の情報提供者と、SBUの防諜担当者2人に取材。旧ソ連時代に育ち、1991年の冷戦終結による独立を経験してきたウクライナの中高年世代の一部の人が、相反する忠誠心を心中に抱える実態が浮かび上がった。

SBUのマリウク長官は、ロシアのスパイを根絶するための防諜活動は戦争勝利にとって重要な要素だと主張。「われわれの組織的な取り組みは成果を出しつつある。日常生活のあらゆる局面で敵のエージェントを追い出してきたし、これからもそうする」と付け加えた。

<スパイ勧誘の標的>

SBUの防諜活動でロシアからスパイに誘われやすいさまざまな市民の特性があぶり出された、と明かしたのは「ファナト」と名乗るSBU職員の1人だ。

具体的には(1)公然と親ロシアを標榜していたり、家族が旧ソ連やロシアの情報機関とつながりがある人物(2)ロシアの捕虜になったウクライナ兵の親族(3)ロシア占領地で暮らす人々の家族――などで、コレスニコフ受刑者は(1)に当てはまるという。

コレスニコフ受刑者は9月、十数カ所の軍事施設についての情報などについてロシアに提供したとして終身刑を言い渡された。

弁護人の話では、受刑者はミサイルの標的特定の支援よりも、着弾地点の確認が主な仕事だったという。

23年5月5日に逮捕されたコレスニコフ受刑者は公判で、ウクライナ政府に反対していたが、ウクライナ国家に背いたつもりはないと釈明。情報を送るよう頼んできたいとこが、実はFSBの職員だとは当時知らなかったと語り、反逆の「部分的な」罪しか認めなかった。裁判官はこの主張を認めず、国家転覆行為を遂行する外国の代表者への支援に「意図的に関与した」罪があるとの判断を下した。

<大きな代償>

SBUのマリウク長官は、ロシアのスパイ網を2023年に47件、24年に46件摘発し、これらのスパイ網は議員から現役兵士まで多様な層によって構成されていたことを明らかにした。

複数の安全保障関係者によると、戦争が激化するとともにロシア・ウクライナ間の自由な移動も難しくなった結果、スパイ獲得の手段も変化している。

ロシアによる侵攻前は、スパイとなるウクライナ人はロシア旅行中に勧誘されるケースが中心だったものの、今はSNS経由のアプローチが主流だという。

SBUは「親ロシア観を表明する人々は(ロシア側に)見つけ出され、接触を受ける」と説明した。

実際のスパイ活動に従事した理由はイデオロギーや金銭、脅迫までそれぞれ異なる。

ただその代償は大きく、コレスニコフ受刑者の前途も厳しい。ロイターには、将来ロシア側との囚人交換で解放されることだけが望みだと打ち明けた。

*システムの都合で再送します

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