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焦点:動員されるウクライナ市民、広がる「メンタルヘルス問題」

2023年12月25日(月)08時30分

ウクライナ各地では、数百人もの専門家やボランティアが、メンタルヘルス上の問題を抱える兵士の治療に当たっている。はるかに規模の勝る敵を食い止めようと消耗戦を強いられているウクライナ軍にとって、戦闘ストレスの問題は膨らみつつある。写真はストレス対応のセッションを行う心理療法士のオレフ・フコフスキー氏。ドネツク州で11月撮影(2023年 ロイター/Sofiia Gatilova)

Charlotte Bruneau

[ドネツク州(ウクライナ) 20日 ロイター] - 心理療法士のオレフ・フコフスキー氏(41)は、ウクライナ東部に作られた仮設の教室でホワイトボードの脇に立ち、セッションに参加した兵士たちに話しかけている。内容は、戦闘ストレスへの対応方法だ。

以前は精神科医だったフコフスキー氏が軍に加わったのは、2022年2月にロシアが全面侵攻を開始してから6カ月ほど経った頃だった。現在では、廃墟と化したリマンの方面で第67独立機械化旅団に随行する心理支援グループを指揮している。

教室では基本的な心理学理論と、呼吸法などストレス対応手法を教える。講師からの質問やアドバイスに対し、出席している十数人の兵士の反応は良い。だがフコフスキー氏は、与えられた時間でできることは限られていると認めている。

フコフスキー氏は、「(兵士たちは)任務があり、前線に戻らなければならない」と語る。兵士の一部は、医療支援センターで軽度の負傷や戦闘ストレスの治療中だ。センターの所在地については明らかにしないようウクライナ軍からの要請を受けた。

「私たちがやっている診療行為は、彼らをある程度落ち着かせること。それが全てだ」とフコフスキー氏。「つまり、何らかの症状から完全に回復させるというわけではない。私たちが置かれた状況では、それは無理だ」

心理学的な支援を必要とする兵士の多くは短い休養の後で戦場に戻るが、症状が重く、さらなる治療のために戦線から離れたリハビリ拠点に送られる兵士もいる。

ウクライナ各地では、フコフスキー氏をはじめ数百人もの専門家やボランティアが、メンタルヘルス上の問題を抱える兵士の治療に当たっている。はるかに規模の勝る敵を食い止めようと消耗戦を強いられているウクライナ軍にとって、戦闘ストレスの問題は膨らみつつある。

戦闘に参加する兵士の多くは志願兵であり、大砲や迫撃砲、そしてドローンによる攻撃にさらされる、時として激烈をきわめる戦闘に備えた訓練はほとんど受けていない。

「ウクライナ軍を構成するのは動員された市民で、つい昨日までは教師や芸術家、詩人、IT専門家、労働者だった人々だ」と語るのは、士気・心理面の支援を担当するダナ・ビノフラドバ副旅団長。

「職業軍人向けの包括的な心理訓練を行っている余裕はない」

ウクライナ軍は、ストレス対応の「最前線」、つまり心理学的な支援を行う人材をさらに集めようとしている。

どの程度の規模で人材採用を試みているのか、また侵攻開始以降に心理的問題で治療を受けた兵士の数についてウクライナ軍に問い合わせたが、回答は得られなかった。こうした詳細は軍事機密扱いとされることが多い。

ロイターでは、部隊支援の関係者13人、治療中の兵士4人に取材した。治療の内容には、数日間の短期治療から、深刻な心的外傷に伴う数週間のリハビリ、また四肢の一部の切断により障害を抱えた生活に向けた備えまで含まれる。

兵士らは、極度の疲労やストレス、不安、恐怖、罪悪感について語る一方で、所属部隊に早く戻りたいという戦友意識や使命感、敵を撃退したいという強い動機も口にしている。

<悪夢と恐怖>

フコフスキー氏は、ウクライナの兵士は交代の頻度が十分ではないと指摘する。戦争が長引き、ロシアが防衛線を固めるにつれて、ウクライナ政府にとっては、低迷する経済を空洞化させることなく、さらに多くの国民を参戦させるというプレッシャーが高まっている。

「兵士が前線にとどまり、メンタルヘルスを維持できる限界は45日間だ」とフコフスキー氏は言う。

「だが、前線配備の期間がはるかに長くなる状況がある。脳振とうも多くなっているし、深刻な戦闘疲労も多い」

先月フコフスキー氏の講義に出席していた兵士の1人が、ウクライナ中部の工場労働者だった「DJ」さん(50)だ。他の大半の兵士たちと同様に、部隊内でのコールサインで呼ばれている。

DJさんは教室でのセッションで、「悪夢を何度も見て、ひどく疲れた。横になる時間があっても、まったく眠れない」と語った。

後日、DJさんは寮のベッドに腰を掛け、スマホ内の写真に目を通しながら、戦闘の過酷さに対していかに心構えが不足していたかを語った。

「初めて戦争に参加して前線に立ったとき、ようやく気がついた」と頭を剃り上げたDJさんは言う。ウクライナの国章である三つまたの矛をデザインしたペンダントとイアリングを身に着けている。

「最初は、迫撃砲や戦車砲、大砲がどんなものか理解していなかった。じきに、いつまでも耐えられるものではないことが分かった」

リマン方面の前線でDJさんが配備された地点は、ロシアによる「年中無休、24時間」の砲撃を浴びていたという。彼は他の兵士と同様、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と脳振とうに悩まされたと続けた。

11月の雨の日、近くの村では、第21独立機械化旅団に所属するドミトロさんと呼ばれる兵士が、部隊のストレス管理グループを率いるセルヒー・ロスティコフ氏と話をしながら歩いていた。村の家屋には、2022年にロシア側が一時的にこの地域を掌握していた頃の戦闘による損傷が残る。

ロスティコフ氏によれば、心理学的なサポートを求めるかどうかは兵士たち自身の判断だという。ただし他の専門家は、懸念すべき兆候が見られる場合は部隊指揮官がその旨を勧告することもできると話している。

「砲撃を浴びた後は、戦闘位置に戻ることへの恐怖が増した」と24歳のドミトロさんは言う。戦闘服を着て、頭にフードをかぶっている。

「セルヒーに助けを求めた。しばらく一緒に治療に取り組んで、その後、リハビリ施設に送ってもらった。今は恐怖感もなく、戦闘位置にもあっさり戻れる。兵士はたくさんのストレスに悩まされるから、心理学者が必要だと思う」

取材の後、DJさんは、さらに治療を受けるために戦闘から離れていたと語った。ドミトロさんは自分の部隊に復帰した。

(翻訳:エァクレーレン)

ロイター
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