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アングル:米国への夢覚め、「メキシカンドリーム」生きる移民

2023年12月04日(月)12時50分

 ホンジュラス出身の難民であるウォルター・バネガスさん(28・写真)は、メキシコ北部サルティーヨにある勤務先の工場で、高温に熱された街灯の金属部品をダイカスト鋳造機から取り出していた。写真は10月撮影(2023年 ロイター/Daniel Becerril)

Laura Gottesdiener Daina Beth Solomon

[サルティーヨ(メキシコ) 24日 ロイター] - ホンジュラス出身の難民であるウォルター・バネガスさん(28)は、メキシコ北部サルティーヨにある勤務先の工場で、高温に熱された街灯の金属部品をダイカスト鋳造機から取り出していた。

バネガスさんは10代の頃に一度、薬物売買を行う犯罪組織の勧誘を避けるため米国に逃れたが、2014年に強制送還されたという。亡命を目指し2020年にも渡米したが、再び国外追放に終わった。

ホンジュラスで犯罪組織の脅威から再度逃れようとした2021年、バネガスさんが避難先として目指したのは、米国ではなくメキシコだった。1月に難民認定を受け、国連難民プログラムの支援の下、サルティーヨに移住。米ミシガン州を拠点とする金属加工・鋳造企業で米・メキシコ両国に工場を持つ「ペース・インダストリーズ」で職を得ることができた。

長年、移民の母国や中継地として考えられてきたメキシコは、過去5年ほどで難民の最終目的地へと変化し始めた。米国より難民認定がゆるやかで、国内の労働者不足により求人数も多いことから、難民の数は小規模ながらも着実に増加をみせている。

バネガスさんはペース・インダストリーズで月800ドル(約11万7700円)の収入を得ており、米国で働けば稼げると予想していた金額よりは少ないものの、母国の家族に少なくとも月50ドルを送ることができているという。メキシコ人の同僚との関係もうまくいっており、6歳の息子デービッドくんがメキシコの市民権を得ていることを誇りに思っている。

「ここでは平穏を感じられる」とバネガスさんは話す。

「米国に行く必要はない。ここメキシコでも良い生活を送ることができる」

<「手堅い選択肢」>

メキシコの難民当局によると、10年ほど前に同国で亡命認定を受けた人数は年間数百人だったが、2021年には2万7000人に増加した。今年は既に、主にホンジュラスやハイチ、ベネズエラ、エルサルバドル、キューバから到着した少なくとも2万人を難民として受け入れる見通しだ。

メキシコに入国する移民のほとんどは米国を目指して北上を続ける。こうした移民の流入はバイデン米政権にとっての課題だ。昨年米国に申請された個人の亡命件数は、70万人以上に膨れ上がっている。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)メキシコ事務所のジョバンニ・レプリ氏は、難民にとってメキシコが「非常に手堅い選択肢」になりつつあると話す。その理由の一つには、労働力の需要が高いことが挙げられるという。

経済団体「コパルメクス」によれば、現在メキシコ全体で百万件を超える求人数が埋まらず、観光事業や農業、運輸業や製造業の雇用主の多くが労働者探しに苦戦している。

コパルメクスが2500の事業所を対象に7月に行った調査によると、製造業の雇用主の85%が労働力の獲得に困難を感じていると回答。この割合は他のセクターよりも高い数字となった。

メキシコ製造業組合「インデックス」は、メキシコでは米国の顧客に近い場所に企業が移転する「ニアショアリング」の増加が見込まれており、今後人手不足が深刻化する恐れもあると指摘する。

米国、メキシコ、国連の担当者は、米国の不法移民を減らすべく、メキシコやコスタリカ、コロンビアといった国への再定住を移民に勧めるよう地域協力を呼び掛けた。

メキシコ外務省で移民政策を担当するアルトゥーロ・ローチャ氏は、「ニアショアリングをてこ入れするためにも」、政府が就労ビザの拡大や、職を探す移民と雇用主の結び付けに注力していると話す。

メキシコはグアテマラ政府と連携し、同国からメキシコに年間で最大2万人の労働者を送り込む計画に取り組んでいる。このプログラムは、将来的にホンジュラスやエルサルバドルにも拡大することが見込まれている。

コパルメクスのホセ・メディナ・モラ代表は、バネガスさんも支援を受けた国連のプログラムを称賛し、より多くの移民が雇用主とつながるようメキシコ政府が労働ビザの発給を拡大することを要請した。

「補充しきれない人手不足の現実を前に、このプログラムは特に大きな助けとなる可能性がある」

国連のプログラムでは、メキシコ南部などで亡命審査を完了させた難民が中部・北部の都市に移住するのを支援している。現金での補助金支給や就職の仲介、デイケアサービス・教育・ヘルスケアを受けられるよう手配するなどの支援を行い、2022年には5500人、今年は既に3000人近くに働き口をあっせんしたという。

<「これ以上望むことはない」>

フェルナンド・エルナンデスさん(24)は昨年、パートナーと幼い娘と共にホンジュラスからメキシコ南部へと逃れた。当初の計画では可能な限り素早くメキシコを縦断し、米国に向かう予定だった。

ただ、その考えは変わった。ソーシャルメディア上で米メキシコ国境の川でおぼれる子供の様子を写した投稿を見つけ、2歳の娘ケイトリンちゃんが流されているところを想像せずにはいられなかった。2017年に米国へと移住してテキサス州のトレーラーパークで暮らし、収入のほとんどを家賃に充てている自身の母親の現状にも思いを巡らせた。

エルナンデスさんはメキシコでの亡命申請を決意。2月に認定を受けたのち、国連の支援を受けて一家は北部の工業都市モンテレイに移住し、エルナンデスさんはコンビニエンスストアで働き始めた。

その後すぐ、エルナンデスさんは求人がどこにでもあると気づいたと話す。勤務先をより待遇の良い工場に変え、それから中華料理の米レストランチェーン「P.F.チャンズ」で料理人になり、今では週に225ドルを稼いでいる。

「ここでは家も食料も家族も、全てがある。望んだものは全て手に入った」

ロイター
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