ニュース速報
ビジネス

アングル:トランプ政権による貿易戦争、関係業界の打撃は前回より深刻

2025年04月01日(火)18時35分

 3月31日、ウォルマート・ストアーズやコストコなど米小売り大手と、こうした企業に商品を納める中国の製造業者は、トランプ米政権による相次ぐ対中関税引き上げでいずれも苦境に立たされている。写真は昨年11月、中国江蘇省連雲港市内の下着工場で撮影(2025年 ロイター/Florence Lo)

Casey Hall James Pomfret

[上海 31日 ロイター] - ウォルマート・ストアーズやコストコなど米小売り大手と、こうした企業に商品を納める中国の製造業者は、トランプ米政権による相次ぐ対中関税引き上げでいずれも苦境に立たされている。追加関税の負担を相殺したい米国の発注元は製造業者に値下げを迫るが、製造業者は既に利幅を限界まで縮小しており、発注元の要求に応えるのは難しい。多額の債務を抱える中国の地方政府が支援に動くのも困難で、関係業界の打撃はトランプ第1次政権が貿易戦争を繰り広げた2018年当時よりも深刻だ。

中国広東省・東莞で米小売り大手向けにクリスマス用装飾品を製造するリチャード・チェン氏は米国の対中追加関税で注文が昨年の半分に落ち込み、生き残りに必死だ。「もう値下げの余地はないが、注文を取るために下げざるを得ないこともある。(中略)選択の余地はない」と苦しい立場を明かした。値引きの詳細には触れなかったが「赤字だ」という。

トランプ政権は2月以降、対中追加関税を矢継ぎ早に発動。4月2日にはさらに「相互関税」の詳細を発表する予定だ。

しかし米小売り大手を顧客に抱える中国の低価格帯の製造業者は既に利幅が極めて薄い。

中国製造業者によると、2018年の米中貿易戦争開始以降、労働者の賃金は2-5%上昇し、一部業界では原材料コストも上がった。海外勢との競争も激化し、第2次トランプ政権の追加関税は低価格帯の製造業者にとって「とどめの一撃」となっている。

一方、米ニューヨークのブルックリンに拠点を置くゴミ箱メーカー、シティビンの創業者兼最高経営責任者(CEO)、リズ・ピカラッツィ氏は、中国で製造する製品の関税が52.5%になり、もう中国では生産が続けられなくなったと述べた。「長期的な関税率を7.5%と想定するビジネスモデルだった。本当にショックだ」と肩を落とす。こうした事態をある予測していたが、45%もの追加関税を吸収できる企業はないという。

中国の製造業者や輸出業者10社、および中国のサプライチェーンを利用する米国小売業の幹部2人への取材によると、米国の小売業者は10%の値下げを求めている。しかし今進んでいる交渉では、サプライヤー側が提供できる値引きは平均3-7%程度にとどまっているという。

アジアを拠点とする製造請負業者ゲニメックス・グループを率いるジョナサン・チタヤット氏も「正直に言って、10%もの値下げ余地がある企業はほとんどない。1、2回の注文なら可能かもしれないが、大半の企業にとっては7%が限界だ」と話した。

中国の製造業者は、2018年の貿易戦争時で米国の顧客が関税引き上げ後に代金支払いを拒否するケースが相次いだ経験を踏まえ、今回は代金「前払い」条件を厳格化している。これまでは出荷後30―90日以内の支払いが一般的だったが、現在は「全額前払いでなければ取引不可」という対応を取る企業が増えている。

中国の製造業者と中小企業をつなぐリヤ・ソリューションズの最高ソリューション責任者、ドミニク・デマレ氏はトランプ氏が再選されるやいなや、米国の顧客に今後の支払い条件は100%前払いだと伝えた。「関税の悪夢が来ることは分かっていたからだ」と説明する。

<雇用減の恐れも>

今回の追加関税は中国の工業地帯に深刻な影響を与えており、工場の閉鎖や縮小が進めば大規模な雇用削減につながる可能性があると、アナリストや製造業関係者は警鐘を鳴らす。

オーストラリア・モナシュ大学のホー・リン・シー教授(経済学)によると、中国の製造業者はさまざまな圧力に屈し始めており、「既に多くの企業が事業閉鎖を決断している」という。

スタンフォード大学の2018年の研究によると、関税が1%引き上げられるごとに中国の製造業者の利益率は0.35%低下した。またダートマス大学の推計に基づくロイターの試算によると、2018年の貿易戦争では中国で約350万人の製造業労働者が職を失った。

今回の影響がどの程度になるかは、まだ予測が難しいとアナリストたちは指摘する。

一部の米企業は中国政府が自国の製造業を支援するために、新たな税還付や家賃・光熱費の補助を提供すると見込んでいる。2018年の貿易戦争時にはこうした支援が行われた。

しかしロイターが取材した複数の中国の業者によると、現時点では新たな支援策は確認されていない。

シー教授は、中国政府の支援を疑問視。地方政府の多くは不動産危機の影響で既に莫大な債務を抱えており、以前のように大規模な補助金を提供するのは難しいという。

トランプ政権の関税政策の目的の1つは、製造業を米国に呼び戻すことだが、シティビンのピカラッツィ氏は、コストや品質の観点から現実的ではないと見ている。既に生産拠点を100%ベトナムに移行する準備を進めており、顧客には値上げを覚悟するよう伝えている。「これは米政府が米企業と消費者に押し付けた、極めて不公平な措置だ。米企業を破綻させることは愛国的ではない」と憤った。

ロイター
Copyright (C) 2025 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米、イランのフーシ派支援に警告 国防長官「結果引き

ビジネス

消費者態度指数、5カ月連続マイナス 基調判断「弱含

ワールド

中国、欧州議会議員への制裁解除を決定

ワールド

エルサルバドルへの誤送還問題、トランプ氏「協議して
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中