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英EU離脱が招く「ヘリマネ」、政府と日銀の一体強化の思惑

2016年07月01日(金)14時54分

 7月1日、英国の欧州連合(EU)離脱によって、日本は「ヘリコプターマネー」政策に一歩近づくとの思惑が、市場で浮上している。写真は都内で昨年11月撮影(2016年 ロイター/Thomas Peter)

[東京 1日 ロイター] - 英国の欧州連合(EU)離脱によって、日本は「ヘリコプターマネー」政策に一歩近づくとの思惑が、市場で浮上している。

政府が景気減速を防ぐために大型の景気対策を組む一方、財源の赤字国債を日銀が追加緩和で市場を通じて購入するとの見方だ。政府と日銀の一体強化が演出されることになるが、市場や経済に与える効果については、疑問視する声も少なくない。

<政府・日銀の「共同声明」>

政府と日銀が会合を重ねている。27日に続き、29日午前にも開催された。英国のEU離脱決定を受けた市場動向や対応策などについて意見交換したとみられているが、市場の一部で思惑が高まっているのが、「共同声明」の書き換えだ。

2013年1月22日、政府と日銀は「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日銀の政策連携について」との共同声明を発表。前年の衆院選で政権奪還を果たした安倍晋三首相が日銀の白川方明総裁(当時)と合意し、デフレ脱却のために一体となって取り組むことを明記した。物価目標2%もここに入っている。

日銀総裁は黒田東彦氏に交替したが、共同声明の効力は生きている。日銀が、現実の状況とかい離しつつある物価目標2%の看板を下せないのも、この共同声明があることが一因になっているとの見方が、市場では少なくない。

物価目標2%を撤回するのも一つの選択肢だが、デフレマインドを復活させる副作用や円高誘発リスクを懸念する声が、政府・日銀内にはある。このため、市場では「人々の期待を維持させるために、2%目標は維持。政府・日銀があらゆる手段を駆使することで景気減速を防ぐとし、むしろ一体感を強化するのではないか」(国内エコノミスト)という思惑が浮上している。

<大型景気対策の財源は赤字国債か>

安倍首相は英国のEU離脱決定を受けた政府・日銀の2回目の会合後に「あらゆる政策を総動員していく」と強調した。政府と日銀による一体感の強化策として考えられるのは、財政出動と金融緩和の組み合わせによる政策パッケージだ。

英国のEU離脱もあり、政府や自民党内では、秋の景気対策に10兆円規模の第2次補正予算編成が検討されている。しかし、財源に余裕はない。低金利のおかげで、国債の利払い費が減ったが、すでに熊本地震対策として16年度第1次補正予算(7780億円)に充ててしまった。

円高などによって、今年度の企業業績は減速気味。2015年度の国の一般会計税収は約56.3兆円と従来の見込み額を約1000億円下回る見通しだ。過去最低水準に国債金利が低下していることで利払い費の減少は今後も見込まれるが、10兆円という大型景気対策を打つには、赤字国債発行などが必要になる可能性が大きい。

日銀の大量購入で国債の流動性が低下している円債市場において「財投債を含む新規国債発行の消化が、それほど難しいわけではない」(りそな銀行・総合資金部チーフストラテジストの高梨彰氏)とみられている。ただ、政府・日銀が一体となって、難局に対する姿勢を示そうとするのであれば、国債発行と追加緩和(国債購入増額)という組み合わせは有力な選択肢となる。

<「未踏の領域」にまた一歩>

しかし、マイナス金利の国債を買う(例えば、100円で償還される国債を102円で買う)ことで日銀には損失が発生する。日銀の15年度決算では、最終利益に当たる当期剰余金が前年度比59.3%減の4110億円と収益面も厳しい。中央銀行の財務劣化は通貨の信認にかかわるため放置は出来ない。

このため、市場では「共同声明内に、日銀の損失を政府が補てんするといった趣旨の一文が入るのではないか」(前出のエコノミスト)との見方が浮上している。市場を通じて日銀が国債を買う仕組みを続けることで、財政ファイナンスとは一線を画すが、マイナス金利で買うことによる損失は一定程度、政府が補てんするとの思惑だ。

ただ、こうした政策パッケージが、今の日本に必要かどうかは意見が分かれる。「国内景気はそれほど弱いわけではない。10兆円という大型の数字を出すことでマインド面に影響を与えるということは考えられるが、実体経済的には10兆円もいらない」と日本総研・調査部長の山田久氏はみる。

さらに潜在成長力を引き上げるような有望な資金使途が乏しいという問題は「ヘリコプターマネー」であっても解決されるわけではない。マイナス金利の深掘りを含めた「3次元緩和」が本格的な円安・株高トレンドを再開させるとの見方は、市場でも乏しい。シティグループ証券・チーフエコノミストの村嶋帰一氏は「大きな効果が期待できない2つの政策が合わさっても、何かが変わるわけではない」と話す。

財政と金融のパッケージを「ヘリマネ」と呼ぶかどうかは定義次第だが、そこにまた一歩近づくことだけは確かだ。短期的な景気の落ち込みを回避するという以上の効果が見込みにくいにもかかわらず、「未踏の領域」にまた一歩踏み出すことになるかもしれない。

(伊賀大記 編集:田巻一彦)

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