コラム

「閣内内閣」は政権運営の切り札

2009年09月09日(水)17時21分

2003年9月、民主党は政権交代後の政権運営構想をまとめた。総選挙で勝利したら5日以内に政権移行チームを立ち上げ、官僚主導から政治主導へと統治体制を変える基盤づくりにただちに着手する──。

 新体制の要は主要閣僚の迅速な任命だ。そして、首相に近い少人数の重要閣僚による「閣内内閣(インナーキャビネット)」を発足させ、閣僚全員が閣議決定への拒否権をもっていた従来の合意システムに代わって、トップダウンのリーダーシップ体制が始動する、という筋書きだ。

 8月30日の総選挙を制した鳩山由紀夫は当初、組閣は政権発足後に行うとしていた。だが、結局は6年前からの党の構想に立ち戻り、すでに官房長官と3人の主要閣僚の起用を決めている。

■小沢幹事長に権限を集約するメリットとは

 民主党政権の仕組みを理解する際には、閣内内閣の概念が重要なカギを握っているように思える。

 先日書いたように、鳩山は大統領的な首相にはならないだろう。行政権を握るのは鳩山だけでなく、外相になる岡田克也や財務相の藤井裕久、国家戦略局担当相の菅直人(民主党副総理と政調会長も兼務)などからなる少人数の有力者集団になるだろう。そして、この閣内内閣には社民党と国民新党の閣僚も参加することになるはずだ。

 要するに、鳩山の政権運営には力強い助っ人がいるわけだ。私は、この体制は首相一人が最終的な意思決定を行うタイプのトップダウン方式より優れていると思う。党内の一般議員からの信頼が厚い菅と岡田が加わることで、内閣の決定に対する議員の支持も得やすくなるだろう。

 もっとも、内閣と党の連携を円滑に進めるために、それ以上に重要なのは小沢一郎の役割だ。

 鳩山は小沢と9月5日に会談し、小沢が幹事長として選挙対策だけでなく、行政府と立法府をつなぐ国会対策も全面的に担うことを確認した。国会の議長や党の国会対策委員長の人事も小沢に一任される。小沢は、自民党時代に多くの議員に分散していた広範な機能を一元化することで、一つの強大な拒否権を手に入れる決意を固めたようだ。

 以前にも論じたように、問題はこの拒否権を武器に小沢が何をするかだ。マスコミは民主党の小沢支配は避けられないと結論づけているようだが、私はまだわからないと思う。

 党内のさまざまな機能(重要な財政機能も含む)を小沢幹事長に集約させた結果、党は内閣よりずっと弱い立場になる可能性がある。もし小沢が内閣の意思を尊重し、議員の自由を抑え込むことに自身の権力を使えば、という条件つきだが。

■ブレア的な「独裁体制」に陥る危険も

 小沢自身も懸念の声が上がっていることを認め、首相の意思を尊重すると明言している。ただし、安心するのは早い。民主党政権が船出した後の小沢の振る舞いを注視する必要がある。

 もし小沢が政府の方針に公に異議を唱えることがあっても、菅と岡田という2人の重鎮と鳩山を含む閣内内閣は、小沢に対抗できる立場にあるはずだ。

 9月16日の政権発足後、こうした政策決定体制が本当に実現すれば、自民党時代よりずっと合理的なシステムが生まれるだろう。小沢が党内を掌握すれば、議員が官僚と不適切な接触をしたり、内閣を貶める言動をした際には罰を与えられる。少人数の閣僚の手に権力が集約されれば、省庁の言いなりになる閣僚が1人や2人出てきたとしても、内閣の政策実行力は損なわれないだろう。

 政策決定システムを一元化して合理化しようという民主党の構想は、イギリスの政治体制を参考にしている。6日に放映されたフジテレビの「新報道2001」は、この構想によって民主党がイギリスと同じように「選挙で選ばれた独裁体制」に陥る可能性があると警告した。

 その際に画面に映し出されたのは、炎が燃え盛るイラクの映像。トニー・ブレア英首相がジョージ・W・ブッシュ米大統領と手を組み、世論の反対を押し切ってイギリス軍をイラクに派遣したのは、独裁的な権限をもっていたためだ、という主張だ。
  
 権力を集中させすぎないことは重要だ。だが自民党政権が権力の綱引きにおぼれた挙げ句に麻痺状態に陥ったことを考えれば、「選挙で選ばれた独裁体制」も当面はそれほど悪いものではないかもしれない。

[日本時間2009年09月6日(日)09時04分更新]

プロフィール

トバイアス・ハリス

日本政治・東アジア研究者。06年〜07年まで民主党の浅尾慶一郎参院議員の私設秘書を務め、現在マサチューセッツ工科大学博士課程。日本政治や日米関係を中心に、ブログObserving Japanを執筆。ウォールストリート・ジャーナル紙(アジア版)やファー・イースタン・エコノミック・レビュー誌にも寄稿する気鋭の日本政治ウォッチャー。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ネットフリックス、ワーナー資産買収で合意 720億

ビジネス

アップル、新たなサイバー脅威を警告 84カ国のユー

ワールド

イスラエル内閣、26年度予算案承認 国防費は紛争前

ワールド

EU、Xに1.4億ドル制裁金 デジタル法違反
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い国」はどこ?
  • 2
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開きコーデ」にネット騒然
  • 3
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...ジャスティン・ビーバー、ゴルフ場での「問題行為」が物議
  • 4
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 5
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 8
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 9
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 10
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 1
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 2
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 5
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 6
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 7
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 8
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 9
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 10
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story