コラム

差別を生み出す恐怖との戦い方──トランプの「中国ウイルス」発言を読み解く

2020年04月16日(木)15時20分

「コロナ」を「中国」に手書きで書き換えたトランプの演説原稿 JABIN BOTSFORD-THE WASHINGTON POST/GETTY IMAGES

<新型コロナウイルス対応に失敗したことへの批判をかわすために、自分たちと異なる「他者」を恐怖の対象としてその責任をなすり付ける......トランプ米大統領の反応は歴史を振り返れば珍しいことではない>

長い歴史を通じて、西洋社会が感染症の流行に対して取ってきた行動がある。それは、ユダヤ人を抹殺することだ。

14世紀にペストが大流行したとき、ヨーロッパのキリスト教徒たちはユダヤ人コミュニティーを文字どおり焼き払い、多くの命を奪った。ユダヤ人はキリスト教社会にとって異質の存在、要するに「われわれ」とは別の「彼ら」だからだ。

日本人も病気などの脅威に対して、独特の反射的な反応を示す。その反応とは、被害者を非難するというものだ。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に感染した人は、病気になったこと、ほかの人たちを危険にさらしたこと、そして自分がみんなと「違う」ことで謝罪に追い込まれる場合が多い。長い間、原爆の被爆者たちが排除されてきた一因もこの点にある。被爆者たちは、被害者であること、みんなと「違う」ことにより、社会的汚名を着せられてきた。

新型コロナウイルス問題に対する米政府の反応は、この流れをくむものだ。トランプ大統領は、社会の不安と混乱に対処する有効な方法が、中国を非難することだと考えているらしい。公の場で、新型コロナウイルスを「中国ウイルス」と呼んでみせた。

このような反応の根底には、人間の心理に深く根を張った本能がある。病気は私たちの生存を脅かす。自分の内部に受け入れたくない。そうした病気への恐怖心は、自分たちとは「違う」人たちへの本能的な恐怖心と一体化しやすい。

扇動政治家やポピュリスト、独裁者、そして情報機関は、この本能的な恐怖心をあおることの効果を熟知している。アメリカ大統領が新型コロナウイルスを「中国ウイルス」と呼ぶのも、ウイルスを人工的に作り中国に送り込んだのはアメリカのCIAだと中国側が主張するのも、そのような意図があるからかもしれない。

このたぐいのストーリーは、客観的な事実よりも人々の感情に強く訴える。「ウイルスは中国の(もしくはCIAの)秘密研究施設で作られたらしい」という根も葉もない噂話は、ウイルスと武漢の生鮮市場を結び付ける遺伝学的分析結果のような事実よりもはるかに影響力が強い。

軍や情報機関は、人々のこうした本能を巧みに利用してきた。軍は敵対勢力を自分たちと異なる「他者」と位置付けることにより、敵国の人たちも生身の人間だということを忘れさせようとする。そのほうが躊躇なく命を奪えるからだ。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ノバルティスとロシュ、トランプ政権の薬価引き下げに

ビジネス

中国の鉄鋼輸出許可制、貿易摩擦を抑制へ=政府系業界

ワールド

アングル:米援助削減で揺らぐ命綱、ケニアの子どもの

ワールド

訂正-中国、簡素化した新たなレアアース輸出許可を付
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 7
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 5
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 10
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story