コラム

米朝首脳ハノイ会談はトランプの完敗だ

2019年03月07日(木)17時10分

会談は当初はなごやかなムードだったが、2日目の拡大会合後の予定は全てキャンセルされた Leah Millis-REUTERS

<金正恩は焦点の核放棄を回避し、トランプは手ぶらで疑惑捜査の待つアメリカへ>

ドナルド・トランプ米大統領の父親は60年代、息子がベトナム戦争に徴兵されるのを防ぐため、骨に異常があるとする偽の診断書を医師に依頼したという。それから半世紀、トランプはついにベトナムの首都ハノイを訪れた。目的は自分と同様に奇妙な髪形をした金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長との米朝首脳会談だ。

両首脳は2月22日夜にハノイの名門ホテルで一対一の会談に臨み、続いて夕食会を開いた。翌28日は午前中の首脳会談と閣僚などを加えた拡大会合を開いたが、その後の昼食会などの予定はすべてキャンセルされた。

会談前のトランプには2つの選択肢があった。制裁解除と在韓米軍の撤退という金の要求を実質的に丸のみして北朝鮮との間に「平和」を確立し、その後で北朝鮮の核開発計画の放棄に向かうか。あるいは、米朝首脳会談自体が関係改善の証拠だと主張して勝利を宣言し、手ぶらで帰国するか。

トランプと側近たちは後者を選択し、国内外の観測筋をけむに巻こうとした。本人の言い方によれば、何の合意もないまま「立ち去った」のだ。さらにハノイを早々に離れ、大統領の不正行為や汚職、弾劾に値する疑惑の捜査で盛り上がるアメリカに戻っていった。

これでトランプと側近たちは、勝利や望みどおりの「前進」を全て成し遂げたと主張できる。一方、金正恩はアメリカと対等の立場と核兵器を維持できる見通しを手にして平壌に戻る。韓国はアメリカの失敗を埋め合わせるため、引き続き南北関係の改善を進めるはずだ。

米朝首脳会談のテーマは、北朝鮮が核兵器とその開発計画を放棄するかどうかに絞られていた。アメリカの専門家は会談前、トランプが外交上の「勝利」に執着するあまり、北朝鮮側の形式的な「善意」の表明と引き換えに、在韓米軍の撤退や外交関係の正常化、貿易協定といった

具体的かつ大きな譲歩をするのではないかと懸念していた。昨年6月にシンガポールで行われた1回目の米朝首脳会談はまさにそうだった。トランプは金と会うことで同格の国際的地位を与え、核実験の停止と引き換えに米韓合同軍事演習を取りやめた(北朝鮮は会談前から核実験を停止していたし、多数の核爆弾と弾道ミサイルを既に開発済みだったので、実験の必要性も低下していた)。

もう1つ、北朝鮮側は朝鮮半島非核化の一環として核兵器を放棄するという長年の主張を繰り返したが、この文言は事実上、在韓米軍の撤退要求に等しい。

ハノイでの2度目の首脳会談失敗の理由は、表向き北朝鮮の核放棄とアメリカの制裁解除のどちらが先かをめぐる意見の相違のためだったとされている。記者会見を開いたトランプと北朝鮮外相の双方とも、制裁解除をめぐる対立を原因に挙げた。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米英首脳、両国間の投資拡大を歓迎 「特別な関係」の

ワールド

トランプ氏、パレスチナ国家承認巡り「英と見解相違」

ワールド

訂正-米政権、政治暴力やヘイトスピーチ規制の大統領

ビジネス

英中銀が金利据え置き、量的引き締めペース縮小 長期
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 8
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story