コラム

『シン・ウルトラマン』を見て的中した不安

2022年05月18日(水)10時36分

この神永こそがウルトラマンと融合する主人公であり、原作にあってはハヤタ隊員に相当する。最も重要な冒頭のこのシークエンスだが、指揮所と「禍威獣」の位置関係が描写されないがために、殆ど次のカットで神永が子供を保護しようとして死亡する最重要部分の合理的説明が不足している。神永が車を使って子どもを助けに行ったのか、単純に走って助けに行ったのか、それ以外の特殊手段があったのか。こういった細部の「移動」に関する映画的演出の積み重ねが物語に合理的説得力を与えるのだが、それがない以上、群像劇にあって空間的広がりを欠く、と言わざるを得ない。

カットがAからBに変わった際に、それがA地点とB地点を移動する物理移動を伴う場合は、そのことを合理的に説明する映画的演出がなされなければ不自然になる。例えば『新世紀エヴァンゲリオン』のテレビ版第一話、『使徒、襲来』では、第三使徒サキエルの来襲を前にして、葛城ミサトが「アルピーヌA310」に乗ってシンジを助命する。このシークエンスは、単に「葛城ミサトがシンジを自家用車によって救出する」という説明にとどまらず、その自動車の車種や、運転方法の荒さをも描写することによって「葛城ミサトの人格的説明」をも内包している非常に優れた映像的演出になっている。

神永のキャラがわからない

このシークエンスで葛城ミサトが「アルピーヌA310」ではなく、トヨタのマークⅡやクラウンに乗って登場したならば、その時点で葛城ミサトの人間としての性格付けが変更されてしまう。これをわざわざ台詞で描写しないというのが所謂「映画的演出」になるわけだが、本作にはそれが絶無なので、ウルトラマンと融合する前の神永がどのような人格であったかを映画的に説明する絶好の部分が失われている。

移動のシーンなど重要ではない、と侮るなかれ。例えばもう一例をひくと、アニメ映画版『風の谷のナウシカ』である。この作中、最も劇的な巨神兵のプロトンビーム描写を庵野氏が手掛けたことはあまりに有名であるが、それは兎も角として、城おじたちに「姫さまの腐海あそび」と揶揄されるナウシカの冒頭腐海での菌類採取シーンが、小型動力付きグライダー類であるメーヴェでの移動描写を省略し、次のカットでナウシカが風の谷に帰還していたとしたら、どうであろうか。この少女はどうやって風の谷という点Aと、腐海の点Bを恒常的に移動しているのか。位置関係がよく分からなくなる。そこで冒頭、ナウシカが点Aと点Bをメーヴェによって移動していることが理解できるシーンが挿入される。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アップル、1─3月業績は予想上回る iPhoneに

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、円は日銀の見通し引き下げ受

ビジネス

アマゾン第1四半期、クラウド事業の売上高伸びが予想

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任し国連大使に指
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story