コラム

世界が瓦解する音が聞こえる──ウクライナ侵攻の恐怖

2022年02月25日(金)15時29分

プーチンの出動命令を受けてクリミアから出動するロシアの軍用車(2月24日) REUTERS

<昨日までの世界は砕け散った。世界は再び、武力によって、しかも適当な開戦理由をでっちあげて他国を侵略できる時代に逆戻りした>

2022年2月24日正午ごろ、プーチン大統領の対ウクライナ宣戦布告と侵略開始で、世界が変わってしまった。私が「勝手に」信じていた世界観は、砂上の楼閣である以前に蜃気楼だと徹底的に思い知らされた。もう元に戻らないだろう。

昨年末ごろから、日本でもロシア問題の専門家や軍事事情通が、ウクライナへのロシア軍国境展開とその危険性を大きく伝え始めた。当然彼らは殆どの場合、アメリカの偵察衛星や諜報機関から直接情報を仕入れているわけではなく、客観的な報道や現地情報へのアクセス等で「ロシア軍の侵攻は近い」と判断していた。私は雑誌『軍事研究』を定期購読する程度の趣味人のレベルだが、当然この手の話題には敏感であった。

しかし当時、私も、或いはロシア専門家も、軍事通も、その少なくない人々が「仮にロシアがウクライナに侵攻しても、最悪でも東部2州(ドンバス地方)への限定攻撃にとどまるだろうし、現在のロシア軍の集積は西側に揺さぶりをかけるブラフ行為ではないか」と思っていたに違いない。というか、そう思うしか無かった。

20万人前後の大量の地上部隊が、多方面から一斉に国境を侵犯する。しかもその相手が、人口4300万人を誇り国土面積が日本の1.6倍もある地域大国ウクライナならば尚更不可能であろう、という見立てである。ソ連は1979年にアフガニスタンに侵攻したが、当時のアフガンの人口は約1300万人に過ぎず、経済力でも圧倒的に劣後する小国である。1990年にはイラクのフセインがクウェートを侵略した。クウェートは当時から富裕国であったがその人口わずかに約200万人、日本の四国全県を合わせたよりもさらに狭小な小国である。

古典的な侵略戦争が戻ってきた

だからウクライナのような地域大国に、ロシア軍が多方向から、陸上の国境を侵犯して、電撃的に一気に攻め込むという古典的な大侵略戦争は、常識的に考えると起こるわけがなく、そういった戦争は第二次大戦で最後かつ最終的だと思っていた。具体的にいえばドイツによるポーランド侵攻、西方電撃戦(対仏)、バルバロッサ(独ソ戦)、ソ連の対日参戦等々である。

古典的な大侵略はもう終わった過去の世界のお話である、そしてそれは愚かではあったが、あくまで過去の過ちである──という安心感があるからこそ、私たちは空想やゲームの中でそれを追体験して楽しんでいた。

スウェーデンのゲーム会社「paradox」社が開発した戦争ゲーム、『ハーツオブアイアン(Hearts Of Iron)』シリーズは、国産の『提督の決断』(光栄)などをはるかに凌ぐ大量のユーザーが世界中に居る(もちろん、彼らはロシアにもウクライナにも居る)。そこでは古典的な大侵略が、毎日、愛好家の手によって行われてきた。彼らはスターリン、或いはヒトラー、変則的にはドゴールやチャーチル、大本営、ルーズベルト等になりきって、多方面からの陸空攻撃を伴った立体的電撃作戦の手腕を競っていた。私もその熱心なユーザーの一人(熟練者レベル)である。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米政府、ブラウン大学の安全対策再検討へ 銃乱射事件

ビジネス

元の対ドル基準値、1年3カ月ぶり高水準に 元高警戒

ワールド

米ヘリテージ財団から職員流出、反ユダヤ主義巡る論争

ワールド

トランプ氏、マドゥロ氏に退陣促す 押収石油は「売却
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 5
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 6
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 7
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 8
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story