コラム

男たちが立ち上がる『ゴジラ-1.0』のご都合主義

2023年11月30日(木)11時09分

しかし極めてご都合主義的な理由でで、GHQ本部や日本国の中枢が壊滅する危機が迫っているにも拘わらず、政府やGHQはゴジラに対して何もしない。それらに代わってゴジラに対応するのが、志願した「民間」の人間たちだ。彼らは一人一人が自分たちの家族や生活に責任を持っており、この責任意識がゴジラに立ち向かう動機となる。「民間」の活躍は、先述の軍国主義体制との決別にも関連している。古い社会は国家中心だったのに対して、新しい社会は民間が中心となるのだ。


映画を貫く「現場プロフェッショナルロマン主義」

この映画で語られている「国家」に対する「民間」の礼賛は、戦後日本の歴史を知っている現在の視点から逆算して創られた一種の起源神話だ。この神話は、戦後日本人のナショナリズムを喚起する、ある種の信念によって支えられている。それは、この社会を良くするのは政治的な運動などではなく、「一人一人が自分に与えられた役割を全うすること」であるという信念だ。以前筆者は、この信念を「現場プロフェッショナルロマン主義」というイデオロギーとして、批判的に取り上げたことがある

確かに登場人物たちは、口々に国家の悪口を言う。しかし一方でそれは、ゴジラに対して国家に立ち向かわせるという方向には向かわない。彼らは国家の危機を自分たちで引き受ける。そして各々に出来ることを全うしようとする。

この意味で、日本でつくられたゴジラ映画としては前作にあたる庵野秀明監督『シン・ゴジラ』との共通点を見いだすこともできる。『シン・ゴジラ』は主に国家の官僚が活躍する話で、民間が活躍する『ゴジラ-1.0』と対になる作品として扱われているが、「国家の危機に際して、現場の一人一人が自分に与えられた役割を全うする」というテーマとしては共通性があるともいえる。『シン・ゴジラ』も、結局ゴジラを倒す計画を練るのは、通常であれば国家の意思決定には関われない下っ端官僚たちであり、それを実践するのは警察や消防、自衛隊といった現場の部隊だからだ。

ところで、この「現場プロフェッショナルロマン主義」は、国家と対立しているようでいて、結局は国家の価値観を追認する方向に働く。この映画でも、「現場」の努力でゴジラを何とかしようというやり方では、結局のところ戦前の日本のやり方との決別はできない。命が粗末に扱われた戦時中とは違い自分たちは一人の犠牲も出さないのだと演説する元技術士官の野田は、一方で対ゴジラ作戦に参加する者たちに死を覚悟させている(おとりとなる部隊などは、実際に犠牲者も出している)。対ゴジラ作戦に参加する民間人も、そのほとんどは旧軍出身者で固められている。彼らは旧日本軍の兵器を頼りにしており、重巡洋艦や幻の戦闘機に喝采するのだ。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏がアジア歴訪開始、タイ・カンボジア和平調

ワールド

中国で「台湾光復」記念式典、共産党幹部が統一訴え

ビジネス

注目企業の決算やFOMCなど材料目白押し=今週の米

ビジネス

米FRB、「ストレステスト」改正案承認 透明性向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 3
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水の支配」の日本で起こっていること
  • 4
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 5
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 6
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 7
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 8
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月2…
  • 9
    アメリカの現状に「重なりすぎて怖い」...映画『ワン…
  • 10
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 6
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 7
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 10
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story