コラム

ヒトラーにたとえるのは「国際的にご法度」か

2022年01月28日(金)13時43分

国際ホロコーストデー(1月27日)に、ベルリンのホロコースト記念碑に献花するイスラエルとドイツの政府首脳。世界でナチスがどのように語られてきたのか、日本人も知るべきだ REUTERS-John Macdougall

<菅元首相が橋下元維新の会代表の「弁舌の巧みさ」をヒトラーになぞらえたことに対し、橋下は「国際的にご法度」と反発。世間からははとくに異議も出ず、元首相の失言であるかのように事態は収束したが、それでいいのか>

1月21日、立憲民主党の菅直人元首相が、Twitterで元維新の会代表の橋下徹弁護士を「弁舌の巧みさでは......ヒットラーを思い起こす」と評した。これに対して橋下徹氏は「ヒトラーへ重ね合わす批判は国際的にはご法度」と述べ、また吉村洋文大阪府知事は「国際法上ありえない」と反発した。維新の会は、26日、立憲民主党に抗議文を送っている。

ヒトラーにたとえて批判することが「国際的にはご法度」というのは誤りだ。ヒトラーにたとえられて喜ぶ人はいないので、今回の菅元首相の発言に橋下弁護士が反発するのは当然の反応だ。だからといって、ある人物をヒトラーにたとえることが「国際的にご法度」という存在しない常識を持ち出してよいということにはならない。世界中、政治家など影響力を持つありとあらゆる人物が、ヒトラーにたとえて批判されてきた。アメリカ大統領でも、ブッシュ、トランプ、バイデン。ドイツのメルケルすら、ヒトラーにたとえられたことがある。もちろん個別的な妥当性は別なので、正当な批判から安易な批判、不当な批判まで様々あるが、たとえること自体は論評の範囲に収まっている。

国際法上の決まりもない

そもそも橋下弁護士自身が、2012年、民主党政権が公約になかった消費税増税を目指していることに対して、「ヒトラーの全権委任法以上だ」と批判していた。橋下氏はTwitterで、政党の政策を批判するのと個人を批判するのでは異なると弁明しているが、そのような微細な切り分けでたとえてよいかどうかが決まることはないだろう。

「国際法上ありえない」という吉村知事の発言は、さらに問題がある。国際法違反というなら、たとえば「批判目的でさえヒトラーの名前を持ち出してはならぬ」という、条約あるいは慣習があるはずだ。吉村知事は弁護士資格も持っているので、もし該当する国際法があるというのなら、具体的に指摘するべきだろう。

さらに問題なのはメディアだ。この「国際的にはご法度」という根拠のない発言について、ほとんどのメディアは無批判に垂れ流すだけであった。テレビではコメンテーターがよく調べもせず、「国際的にはご法度」を当然のことのように発言していた。繰り返すが、発言の当否については様々な考え方がある。よく言った!という人もいるだろうし、的外れだ!と考える人もいるだろう。しかしヒトラーにたとえたこと自体が菅元首相の非であったことになる。

ヒトラーへの言及そのものが国際的に禁じられる場面もある。それは、ヒトラーやナチスをたとえ部分的にでも肯定するような発言だ。「ヒトラーやナチスは良いこともした」「ナチスの手口に学んだらどうか」といった発言は、政治家であれば即座に辞任ものとなる。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、マスク氏との電話会談「興味なし」 6日

ビジネス

米関税がユーロ圏にデフレ圧力、物価1%に接近も=ポ

ビジネス

中加首相会談、李氏は関係強化呼びかけ 「利害対立な

ビジネス

テスラ株空売り筋、マスク氏とトランプ氏の決裂で40
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:韓国新大統領
特集:韓国新大統領
2025年6月10日号(6/ 3発売)

出直し大統領選を制する李在明。「政策なきポピュリスト」の多難な前途

メールマガジンのご登録はこちらから。
メールアドレス

ご登録は会員規約に同意するものと見なします。

人気ランキング
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシストの特徴...その見分け方とは?
  • 4
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 5
    ペットの居場所に服を置いたら「黄色い点々」がびっ…
  • 6
    3分ほどで死刑囚の胸が激しく上下し始め...日本人が…
  • 7
    日本の女子を追い込む、自分は「太り過ぎ」という歪…
  • 8
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット…
  • 9
    ウクライナが「真珠湾攻撃」決行!ロシア国内に運び…
  • 10
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story