コラム

ドラマ『相棒』の脚本家を怒らせた日本のある傾向

2022年01月05日(水)17時08分

物語の結末では、非正規労働者を自分たちの利権のコマとしか思わない新自由主義思想の政治家に制裁が加えられる。それだけに、この労働運動を揶揄したシーンは完全に浮いており、SNSでは同様に不自然さを感じた人たちが太田愛のブログを読んで違和感の正体に気づき始めている。

現実の事例を冒涜する可能性も

『相棒スペシャル』の鉄道会社の子会社の労働問題というモチーフは、東京メトロの子会社メトロコマースの契約社員が正社員との待遇格差を訴え退職金の支払いを要求した、実際の訴訟事件をモデルにしていると考えられる。この訴訟は最高裁で、退職金支払い要求が退けられるという、原告にとって厳しい結果となってしまった。

太田愛のブログでは具体的な名前こそ挙げられていないものの、「自分たちと次の世代の非正規雇用者のために、なんとか、か細いながらも声をあげようとしている人々がおり、それを支えようとしている人々がいます。そのような現実を数々のルポルタージュを読み、当事者の方々のお話を伺いながら執筆しました」と書かれており、この訴訟事件に取材していることは間違いないだろう。

フィクションとはいえ、モデルとなった実在の事例があるにもかかわらず、当事者を揶揄するような演出をしてしまったことは余計に問題だ。脚本家を除いたスタッフ側に、労働運動の当事者を軽視するような意識があったのではないか。

市民運動をバカにする日本のフィクションと日本社会

『相棒スペシャル』に限らず、近年の日本のフィクションでは、社会運動、特にデモなどの直接行動をバカにする風潮がある。たとえば最近ドラマ化された『日本沈没』や、東日本大震災の政府対応に取材した映画『シン・ゴジラ』では、危機に対して実務的な対応をとる政府の邪魔をする集団として、市民運動が描かれていた。

これは、海外のドラマや映画ではあまりみない光景かもしれない。映画やドラマの作り手だけでなく、そもそも日本社会が直接行動の意義を認めていない傾向にある。日本以外の諸外国では、直接行動の重要性は失われていない。実際、地球温暖化問題を訴える若者のデモやBLM運動は世の中を変革している。しかし、日本の直接行動の参加者は、国外のそれと比べると一桁二桁少ないのが実情だ。

反五輪デモに対するデマも

1月1日に起きたこの事件の少し前、昨年の12月26日、NHKで放送されたドキュメンタリー『河瀬直美が見つめた東京五輪』で、反五輪デモの参加者が、お金を貰って動員されているとするテロップが流れた。また、その場面の映像を撮影した映画監督の島田角栄は、「本当に困っている反対派」とは別に「プロの反対派」がいるというコメントを残した。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ政権、25年に連邦職員31.7万人削減 従

ワールド

米、EUにデジタル規制見直し要求 鉄鋼関税引き下げ

ビジネス

情報BOX:大手銀、米12月利下げ巡り見解分かれる

ビジネス

ノボの治験、アルツハイマー病への効果示されず 経営
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    「搭乗禁止にすべき」 後ろの席の乗客が行った「あり…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    「イラつく」「飛び降りたくなる」遅延する飛行機、…
  • 10
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 3
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story