コラム

「バイデンが井戸に毒を入れた」は、なぜ差別扇動投稿なのか

2021年02月17日(水)12時50分

関東大震災の朝鮮人虐殺は、時間も場所も隔たりがある、無数の歴史的事件のうちのひとつではない。社会主義者や朝鮮人と誤認された人々を含め6000人が虐殺されたこの事件は、我々の現在と直結する、いまだ風化させるわけにはいかない戒めのひとつなのだ。

もし、我々の社会が、このジェノサイドについて深く反省し、それを社会の中に深く刻み込み、民族差別に反対する実績を積んでいたとするなら、100歩譲ってそれはアイロニーとして消費することもできるだろう。しかし、現実はそうではない。

関東大震災におけるジェノサイドを否定する歴史修正主義

近年の日本では、歴史的事実を歪め、負の歴史を否定する歴史修正主義が猛威を振るっている。日本軍「慰安婦」問題については、日本政府、大手メディア、一般市民と国家総出で「性奴隷制」否定論を支持する始末である。

そして関東大震災における朝鮮人ジェノサイドもまた、10年ほど前から歴史修正主義者のターゲットとなりつつある。2009年に出たある歴史修正本(少しでも宣伝をしたくないので書名は伏せるが)は、自警団や官憲の行為を正当化し、殺された人数を矮小化していくのは従来のやり口だが、まさに「井戸に毒」を含め、当時のメディアで流れていた流言飛語を事実としてしまっているのが特徴的であり、恐ろしいところでもある。

2016年に東京都知事となった小池百合子は、歴代都知事が続けてきた毎年9月1日に行われる朝鮮人虐殺の犠牲者に対する追悼文の送付を2017年以降停止している。小池百合子は日本会議所属の歴史修正主義者として知られており、「大日本帝国憲法復活」の請願を東京都議会に提出したこともある野田数(現東京水道社長)を長年の腹心としている。

「井戸に毒」のネタ化は差別扇動である

このように我々は、我々の社会がかつて行ってしまった民族ジェノサイドに対してどのように向き合うのかについて改めて問われている。こうした状況のもとで、「井戸に毒」をネタとして消費してしまうことは、ジェノサイドという事象の軽視であり、それは論理必然的に差別扇動となるのだ。

たとえば、あるドイツ人が「バイデンはアウシュヴィッツ送りだ」と発言したとすれば、それはバイデンに対する攻撃的発話であるのみならず、ホロコーストという歴史的事実に対する発話者の態度も問題になり、反ユダヤ主義を疑われることになるだろう。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

印タタ商用車部門、10─12月は60%減益 分社化

ビジネス

午前のドルは153円後半に上昇、「ウォーシュ次期F

ビジネス

商船三井、26年3月期業績予想を上方修正 純利益は

ビジネス

マスターカード10─12月利益・売上が予想超え、人
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市 vs 中国
特集:高市 vs 中国
2026年2月 3日号(1/27発売)

台湾発言に手を緩めない習近平と静観のトランプ。激動の東アジアを生き抜く日本の戦略とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「副産物」で建設業界のあの問題を解決
  • 3
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大胆な犯行の一部始終を捉えた「衝撃映像」が話題に
  • 4
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 5
    秋田県は生徒の学力が全国トップクラスなのに、1キロ…
  • 6
    パキスタン戦闘機「JF17」に輸出交渉が相次ぐ? 200…
  • 7
    日本経済を中国市場から切り離すべきなのか
  • 8
    配達ライダーを飲み込んだ深さ20メートルの穴 日本…
  • 9
    致死率高い「ニパウイルス」、インドで2人感染...東…
  • 10
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 3
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 4
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 5
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味…
  • 6
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な…
  • 7
    一人っ子政策後も止まらない人口減少...中国少子化は…
  • 8
    スペースXの宇宙飛行士の帰還が健康問題で前倒しに..…
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    40代からは「積立の考え方」を変えるべき理由──資産…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 6
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story