コラム

エジプトの次は中国、にはならない理由

2011年02月01日(火)17時29分

2010年10月、湖北省武漢市で起きた反日デモ

よくできた構造 中国でも抗議デモは起きるが、怒りの矛先は政府に向かない
(2010年10月、湖北省武漢市で起きた反日デモ)Reuters


 チュニジア、エジプトと中東諸国では反政府デモと騒乱の嵐が吹き荒れているが、同じような事態が中国に飛び火する可能性はあるか? 端的に言って、可能性はほとんどなさそうだ。理由は2つある。

 1つ目は、中国は一党独裁体制ではあるが、国民1人当たりの所得や商品・サービスの購買力、教育の機会など、暮らしの豊かさを示すデータは総じてよくなっている。腐敗した役人やばかげた法律、不公平な政策に対する皮肉や(個人的な)不満を口にしつつも、中国の人々は前進しようと必死だ。そして実際に多くの人が成果を上げている。

 先行きが不透明な不動産市場や欠陥だらけの医療システムに対するストレスはあるが、胡錦濤(フー・チンタオ)国家主席を非難したりはしない(むしろ怒りは地方政府に向けられる)。

 年配の中国人はたいてい、政変と暴力の繰り返しだった昔と比べれば今の方がはるかに暮らしやすいと言う。向上心の高い若い世代も、体制をひっくり返したいとは考えていない。

 昨年に中国の新興富裕層を取材するため重慶へ行った時も、その点が印象的だった。取材したある女性起業家は、共産党幹部との戦略的な友好関係のおかげで富を築けたことを知っていて、体制を揺るがすようなことは決して望んでいなかった。生活が向上している限り、ほとんどの人は国の指導者に絡んだ問題に目をつむる(忘れられがちだが、89年の天安門事件は1年近く続いた高いインフレが引き金になった)。

■情報統制に長けた中国政府

 2つ目の理由は、中国政府が情報と民衆を統制し、反政府勢力を抑え込むことに長けているから。近年ではチベットや新疆ウイグル自治区で暴動が発生したが、中国政府が言うところの「社会秩序」を乱す間もなく即座に鎮圧された。

 さらにもう1つ考慮すべき点がある。国家主席の胡は確かに裕福だが、一般的に言う「豪華絢爛」な暮らしはしていない。2012年には退陣する見通しで、民主的に選ばれたリーダーではないが習近平(シー・チンピン)国家副主席にトップの座を引き継ぐと目されている。

 独裁的な指導者が次世代に権力の座を継承するのは、欧米社会から見ればとんでもないことだが、戦略的なメリットが1つある。チュニジアのベンアリ前大統領やエジプトのムバラク大統領のように、民衆の怒りを一身に受ける羽目にはなりにくい。

 近年注目を集めた中国の市民運動といえば、部族間の対立や土地の所有権、環境破壊をめぐる衝突など、具体的な問題が原因となっている。しかしその矛先が中国政府に向かったり、体制崩壊を狙う動きにつながることはない。さしあたって胡は、中国の人々から愛されていなければ憎まれてもいない。

――クリスティーナ・ラーソン
[米国東部時間2011年1月31日(月)11時15分更新]

Reprinted with permission from FP Passport, 1/2/2011. © 2011 by The Washington Post Company.

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国際政治学者サミュエル・ハンチントンらによって1970年に創刊された『フォーリン・ポリシー』は、国際政治、経済、思想を扱うアメリカの外交専門誌。発行元は、ワシントン・ポスト・ニューズウィーク・インタラクティブ傘下のスレート・グループ。『PASSPORT:外交エディター24時』は、ワシントンの編集部が手がける同誌オンライン版のオリジナル・ブログ。

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