コラム

将軍様がねじ込む補償金のぼったくり度

2010年06月25日(金)16時50分

passport060510.jpg

怒りの導火線 アメリカに対して再び敵意をむき出しにし始めた金正日総書記(6月7日)
KCNA-Reuters

 韓国海軍哨戒艦「天安」の沈没事件をめぐり国際社会から非難されたうえ、サッカーのワールドカップ(W杯)でポルトガルに0対7で大敗するという不名誉も相まって、封じられていた「将軍様の怒り」のパンドラの箱が開いてしまったようだ。

 朝鮮戦争の開戦60周年を前に、金正日(キム・ジョンイル)総書記は計算機を持ち出し、第二次大戦直後の1945年から2005年までの60年間にアメリカは北朝鮮に甚大なコストを及ぼしたと指摘。人的、物的被害として65兆ドルという多額の「勘定」を突きつけた。

 60周年を迎える前日の6月24日にこの数字を発表した朝鮮中央通信は、北朝鮮はアメリカから金銭的な補償を受け取る「正当な権利」があると主張。要求額のほとんどは、アメリカが朝鮮戦争で犯した戦争犯罪をめぐるものだとしている。朝鮮戦争は1950年に北朝鮮が韓国を侵略したことで勃発したというのが国際社会の一般的な見方だが、金正日政権は韓国、その同盟国アメリカ、そして国連加盟国に責任があると主張している。

 北の言い分は極めて疑わしいが、アメリカ側にも非はある。当時の米軍部隊は「まず銃撃してから疑う」という方針を実践し、南北朝鮮の市民を無差別に殺害したことは公然の秘密だからだ。

 朝鮮中央通信によれば、請求額のうちアメリカの「残虐行為」に対する補償が26兆1000億ドル、60年にわたる経済制裁で生じた被害や殺された市民への補償などが20兆ドル。これでも、実際の被害額よりは低いと北側は主張している。核開発を理由に06年から始まった経済制裁による損失も含まれていない。

 本当に問うべきは、仮に北朝鮮がこの巨額の富を手にすることになったら、金正日が何に使うかだ。銀行口座にそれほどの預金があっても、強制労働収容所をより人道的な刑務所に変えたり、飢餓状態にある900万人の国民に物資を供給しようとは考えないだろう。65兆ドルで、太いふちのついた三角形のサングラスやエゴむき出しの「シークレットブーツ」をいくつ買えるか計算しているに違いない。

──シルビー・スタイン
[米国東部時間2010年06月24日(木)16時05分更新]

Reprinted with permission from FP Passport, 25/6/2010. ©2010 by Washingtonpost.Newsweek Interactive, LLC.

プロフィール

ForeignPolicy.com

国際政治学者サミュエル・ハンチントンらによって1970年に創刊された『フォーリン・ポリシー』は、国際政治、経済、思想を扱うアメリカの外交専門誌。発行元は、ワシントン・ポスト・ニューズウィーク・インタラクティブ傘下のスレート・グループ。『PASSPORT:外交エディター24時』は、ワシントンの編集部が手がける同誌オンライン版のオリジナル・ブログ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国とスイスが通商合意、関税率15%に引き下げ 詳

ワールド

米軍麻薬作戦、容疑者殺害に支持29%・反対51% 

ワールド

ロシアが無人機とミサイルでキーウ攻撃、8人死亡 エ

ビジネス

英財務相、26日に所得税率引き上げ示さず 財政見通
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗り越えられる
  • 4
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 7
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story