コラム

マルチタスクの激流にささやかな反抗のススメ

2012年07月09日(月)13時00分

今週のコラムニスト:マイケル・プロンコ

〔7月4日号掲載〕

 しぶしぶ白状するが、私は東京で一度に1つのことしかしないときがたまにある。そう、1つのことに専念する。そんなときはいつもちょっぴりやましい気持ちになる。東京は誰もができるだけ多くのことを同時にやろうとする究極の「マルチタスク都市」だから。

 東京人は時間をとことん有効活用するのが大好きだ。毎日の時間の使い方を急行列車の運行スケジュール並みに慎重に計算する。電車内でメールを送信し、ポッドキャストを聴き、化粧し、テレビニュースを見て、通勤時間を「節約」する!

 東京暮らしにはこうしたマルチタスク能力が不可欠だ。私は長い東京生活の末ようやく、傘を畳みながら定期券を出したり電車の中で音楽を聴きながら本を読んだりできるようになった。どんなに頑張っても一度に2つまでだ。

 東京の街はマルチタスク能力を後押しする。いや、強要するといってもいい。ほかの都市では何も考えずに行きたいほうへ歩いていけばいい。でも東京を歩く場合はいくつもの行動が複雑に組み合わさり、そのどれもが熟練の技を要する。人をよけ、標識を見、人々を観察し、ウインドーショッピングをし、もちろん携帯電話もチェックする。

 東京以外の都市では、休日にカフェに入れば友人とおしゃべりするか、ぼうっとするのが普通だ。しかし東京人は休日にもマルチタスク能力を発揮する。食事のときも食べるだけなんてことはあり得ない。飲んで、話して、料理の写真を撮って、追加注文して、情報をググって、たばこを吸う(少なくとも以前は吸っていた。近頃の禁煙ブームで「タスク」が1つ減ったかもしれないが)。

 学生たちのカラオケに付き合わされると私は二日酔いになる。飲み過ぎではなくマルチタスクのせいだ。部屋に入った途端、学生たちは中国雑技団と化す。歌い、大声ではやし、次の曲を選び、ボタンを押して飲み物を注文し、手拍子をし、コーラスに加わり、メールチェックも忘れない。カラオケ店での1時間は、私にとってはてんてこまいの1日に匹敵する。

 一方、学生たちは普段からテレビゲームなどで東京流マルチタスクの訓練を積んでいる。授業中じっくり1つのことに集中するのは退屈に違いない。教室の外では千手観音の手も借りたいくらいやりたいことが多過ぎるのだろう。

 もちろん、電車の中でマルチタスクのスイッチを切って居眠りしている人もいる。究極の「ご主人様」こと携帯電話のことさえ忘れている。しかしその間も東京全体は、目まぐるしく回り続ける。

■流されてばかりではつまらない

 東京流マルチタスク術は毎日の生活を刺激的で充実したものにする。東京の街自体がマルチタスクを前提に設計されているかのようだ。どこにいてもやることがごまんとあり、やりたくなるようなこともごまんとある。1つに絞れないから全部同時にやってしまえ、というわけだ。

 しかし、いつもそればかりでは人生の表面をなぞるだけに終わってしまいそうな気もする。一度にあれこれ欲張り過ぎれば、生きることの意味をより大きく、より深く捉えるのは難しい。東京ではいろいろなことを広く浅く楽しめる半面、深く掘り下げて大きな満足感を得ることはないままになりがちだ。

 だからマルチタスクに没頭している東京人を見るたびに気になってしまう。彼らは頭の中でもさまざまな思考や感情や計画や希望や記憶をいっぺんに処理しているのだろうか。それとも頭の中では一つ一つやっているのか。

 答えは永遠に出ないだろうが、この問いも私の「本日のマルチタスク」に加えるとしよう。それとも、あえて周囲に逆らって畳で昼寝を決め込むか。実は陰でこっそりそうしている東京人もいるんじゃないか、という気もするのだが。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
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