コラム

アイドルだけじゃない、韓国の「ホンモノ」回帰

2011年11月05日(土)18時06分

今週のコラムニスト:クォン・ヨンソク

〔10月19日号掲載〕

 新宿TSUTAYAのCDフロア。最も目につくカウンター前にはK-POPコーナーがある。KARA、少女時代、2PMといったお馴染みのグループから、日本ではあまり知られていない「国民の妹」IUやバンドのCNBLUEなど多彩なCDが並んでいる。

 K-POPファンとおぼしき女の子が彼氏に熱心に勧めているが、彼の反応は冷たい。少女時代のジャケットを手に、「みんな、同じ顔じゃん。一人もカワイイ娘いないじゃん」と吐き捨てる。

 アイドルがダメならと、申し訳なさそうにバンドを勧める彼女。80年代、韓国の友人にチェッカーズを「ごり押し」した僕の姿がダブる。しかし、彼は「こいつらバンドなの? ギター弾けんの?」と鼻で笑ってその場を去った。

 K-POPの勢いは確かにすごいが、これがもう1つの実相でもある。ニューズウィーク日本版9月21日号が指摘するように「バブル」なのかもしれない。だが、そこには韓流の真実を知らないまま、根拠の薄い「上から目線」と優越意識に安住する「食わず嫌い」の側面がある。

 僕も今のアイドルグループ偏重のK-POPブームを手放しでは喜べない。本場韓国でも実は、画一的なアイドルグループのサウンドとダンスパフォーマンスに歌番組がジャックされるなか、「ホンモノ志向」と「実力主義」の新しいムーブメントが起きている。

 その流れをリードしているのは、今年始まった『ナヌン・ガスダ』、略してナガスという番組。直訳すれば「私は歌手だ」という意味で、実力派のアーティストが課題曲に挑むサバイバル番組だ。

■「私は○○だ」と胸を張れるか

 7人のプロの歌手、しかも一線級の実力派が500人の視聴者で構成する「聴衆評価団」の評価を受ける。評価団は印象に残った3人を選び、2週合計で7位になった人がその場で脱落し、新しいアーティストが加わるというシステムだ。

 日本でいえば、平井堅、Superfly、徳永英明、小柳ゆきのようなアーティストがしのぎを削る形だ。生き残るためには、アレンジの斬新さやボーカルの表現力の豊かさも必要となる。たった1度だけのライブ音源はそのままダウンロード販売される。往年の名曲が新しいアレンジでよみがえるという利点もある。

 プライドと歌手人生を賭けての真剣勝負。アレンジの段階からのドキュメントタッチの編集が緊張感を増幅させる。中年の聴衆は「失われた時を求めて」か、あふれる涙を拭おうともしない。歌番組で涙がこぼれ、胸が締め付けられるほどの興奮と感動を覚えたのはいつ以来か。

 もちろん当初は、この番組も賛否両論あった。あまりに競争社会をあおっているのではないか。音楽とは楽しむものなのに、極度の緊張感の中で歌う姿には息が詰まる。全員を座らせ、その場で結果発表をするのはあまりに残酷だ。歌手選定や判定に不服のネチズンたち......。

 それでも成績優秀で「名誉卒業」したパク・ジョンヒョン、「彼だけが歌手だ」と大絶賛されたイム・ジェボム、黒人の血が流れるベテラン歌手イン・スニなどのパフォーマンスはK-POPに対する認識を変えるだろう。

 さらに、この番組のもう一つの意義は、アーティストたちの渾身のパフォーマンスを見た視聴者に、「私は○○だ」と胸を張って言えるかと自問自答させることにある。いわば音楽版『プロフェッショナル 仕事の流儀』といった感じだ。この番組から勇気をもらい決意を新たにしている視聴者も少なくないだろう。

 TSUTAYAでK-POPをバカにしていた彼に是非ともこの番組を見せたいものだ。日本でも同様の番組が実現すれば、J-POPのルネサンスにつながるかもしれないし、実力派の歌手のチャンスにもなるだろう。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ベネズエラ情勢巡る「ロシアとの緊張高まり懸念せず」

ビジネス

米11月中古住宅販売、0.5%増の413万戸 高金

ワールド

プーチン氏、和平に向けた譲歩否定 「ボールは欧州と

ビジネス

FRB、追加利下げ「緊急性なし」 これまでの緩和で
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 4
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 5
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 6
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 7
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 8
    【独占画像】撃墜リスクを引き受ける次世代ドローン…
  • 9
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 10
    中国の次世代ステルス無人機「CH-7」が初飛行。偵察…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story