コラム

巨大地震の予感とどうやって同居する?

2011年10月03日(月)09時00分

今週のコラムニスト:マイケル・プロンコ

〔9月28日号掲載〕

 8月にアメリカ東部バージニア州を震源とする地震が起きて、私は東海岸に住む友人や家族にこんな見舞い状を送った。「たったマグニチュード(M)5・8?日本じゃそんな小さい地震、たとえ起きても気が付かないよ」

 もちろん嘘だ。地震が起きると私は、肉食獣に襲われかけた動物みたいな気分になる。周囲を見回し、アドレナリンが分泌され、走る体勢になる。3月11日は、空に飛び上がりたかった。東京では地震は生活の一部なのに、私は慣れることができないと悟った。

 初めて地震に見舞われたのは、アパートで手紙を書いていたときのこと。古い安普請の建物だったので、最初は窓ガラスが鳴ったり食器棚が揺れているのは風のせいかと思った(私の出身地カンザス州は竜巻が名物なのだ)。だがコーヒーが書きかけの手紙にこぼれたところで、私は揺れの正体に気付いた。地震初体験は手紙に書く格好のネタになった。

 だが地震を楽しむ気分は長くは続かなかった。この地震でエレベーターに閉じ込められたという友人から、エレベーターの側面がシャフトにぶつかる音は一生忘れられないという話を聞かされたのだ。地震は人を変える、そう実感した。地震の予測不可能性は人の意識(もしくは無意識)の中に忍び込む。そして人生についての考え方を変えてしまう。

 私は防災用品を買いそろえ、本棚を壁にネジ留めするなど、やったほうがいいと言われることはすべてやり、何とかして地震に慣れようと心掛けた。就寝中にM7・8の地震に遭ったトルコ在住の友人から、素っ裸で外に飛び出していく羽目になったと聞いて以来、寝室とドアの間に下着とTシャツを置いておくことにした。でもあまり気休めにはならない。

 東京に住む友人たちに地震への備えや考えを聞いてみても、彼らは口が重い。3月11日後はさらに口が堅くなった。地震がこの街とは切り離せない大きな問題だからなのかもしれない。

 ところが建物のこととなると東京人はよくしゃべる。オフィスがいつ建てられたかとか、自宅がどれくらい丈夫かちゃんと知っている。ある友人は、新しいマンションが耐震構造なのを得意げに話す一方で、24時間自宅にいられるわけでもない、と嘆いていた。私も最近では、建物の中に入るときは必ず耐震性を見極めることにしている。ビルの耐震評価は東京暮らしに欠かせないスキルなのだ。

■秩序と混乱で差し引きゼロに

 それでも、地震が来ると分かっていてどうして東京人がこんなに落ち着いていられるのか私には謎だ。電車で爪先を踏まれるとか、自転車とぶつかりそうになるとか、バーの勘定が衝撃的なほど高かったといったことを「しょうがない」と流す東京式手法は私も身に付けてきたが、地震の可能性を考えずに暮らす能力ばかりはいまだにマスターできない。

 その能力の裏にある精神的な強さは好ましいと思うが、受け身の姿勢や実務的な現実主義、悟りが不可解に混じり合ったもののようにも見えなくはない。大半の東京人に比べて地震への覚悟ができていないのは自覚しているが、30歳を過ぎて地震慣れするということは、そのくらいの年になって車の運転や水泳を習うようなもの。何とかマスターできたとしても、自然にやれる域には決して達しない。

 東京での生活が予想外の展開をすることはほとんどない。電車は定刻に到着し、会議はお膳立てどおりに進み、フランス料理は注文どおり運ばれてくる。だがそんな東京のきめ細かく整えられた部分に、予測不可能で混乱をもたらす地震という概念を重ね合わせると、見事に差し引きゼロになるように思える。

 地震は確かに怖いが、「将来何が起きるか知ることのできないのが人間だ」と思い出させてくれる。それこそが東京の「常態」なのかもしれない。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

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