コラム

歌舞伎町案内人が見た被災地のウソとホント

2011年06月07日(火)10時59分

今週のコラムニスト:李小牧

[6月1日号掲載]

 20日ぶりに戻ってみると、東京ではとっくに散った桜が満開になっていた。ただし、いつもの年ならあふれているはずの車や観光客はまったく見当たらず、街は閑散としている──。

 李小牧は4月中旬と5月初めの2回、東日本大震災の被災地を訪れた。1度目は宮城県と福島県を取材で、2度目は福島県南相馬市の避難所でギョーザ(!)を振る舞う中国人ボランティアに同行したのだが、津波で何もかもなくなり、まったく音が消えた現場では、さすがの歌舞伎町案内人もただ立ち尽くすしかなかった。

 なぜ中国人の私がわざわざ自費で東北の被災地を訪れたのか。そもそも最初に訪問した目的は、被災地の中国人の現状を知ることだった。彼らが地震後どうなっているかは、日本の新聞やテレビからはまったく伝わっていない。中国メディアもとっくに撤収している。

 実は東北には日本人男性と結婚した中国人妻がたくさんいる。中国国籍のままの人もいるが、中国の大使館にとっては結婚して日本国籍を取得した「元中国人」は無関係な存在でしかない。
行く先々で出会った中国人たちは、日本と中国の間の見えない「落とし穴」にはまり込んでいた。義理の母を亡くしたり、夫の自慢の漁船がなくなって借金だけが残った、という中国人妻もいた。ただ今回の震災で不幸に襲われたのは、日本人も中国人も同じだ。

 まだまだ貧しい中国から嫁いだ中国人妻たちは、中国に残した親戚たちから豊かな暮らしを羨ましがられていた。それが一転して家を失い、電気もなく、食べ物も不足する不便な避難所暮らしを強いられ、中国からは「すぐ帰ってこい!」と矢継ぎ早に電話がかかってくる。だがそんな不満や不安を理解してくれる同胞は周りにいない。

 東京の中国大使館は中国人行方不明者が約40人と発表している。だが、ひょっとしたら、犠牲になったわが同胞の数はもっと多いかもしれない。

「被災地の中国人犯罪」が嘘な訳

 もう1つのテーマが「外国人犯罪」だった。外国人犯罪の噂を聞いた日本メディアから現地で裏付け取材をしてほしい、と依頼を受けていたのだが、そもそも懐疑的だった私はこの話を断った。
彼らの頭の中では「外国人=中国人」だ。現地で聞いた限り、確かに外国人犯罪はあったが、あらゆる犯罪が外国人による、というのは間違いだ。それもそうだろう。そもそも地震で中国人の多くが命からがら被災地、さらには日本から逃げ出したのだから、彼らに犯罪ができるはずがない。

 今回の2度の訪問であらためて見直したのが日本人のまじめさ、実直さだった。4月に訪れた仙台では地震の爪痕が残り、大きな余震が続いているにもかかわらず、繁華街には着物で着飾った水商売の女性が出勤するために歩いていた。石巻市では地震発生後、市役所の職員が車で30分かけて津波が来ることを知らせて回り、津波が来る直前に市役所の一番高い場所に駆け上がって命を取り留めた、という話を聞いた。中国の役人なら間違いなくわれ先に逃げ出しているところだ!

 石巻市では漁業のほかパチンコも街の主要な産業だった。わが石原慎太郎都知事は先日、パチンコ店や自動販売機が「電気を無駄遣いしている」と批判したが、もし知事の言うとおり節電のためにパチンコ店の営業を規制することになれば、石巻にとっては復興するな、と言われているに等しい。歌舞伎町から暴力を排除してくれた石原知事を私は基本的に支持するが、この発言だけは考え直してほしい。

 自腹で行ったこの旅にわが妻は怒り心頭だ。しかし必死に生きようとする中国人、そして日本人の姿を見ただけで、その価値はあったと思う。妻が私の財布に毎日入れてくれる小遣いは1万円から3000円に減ったが。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

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