コラム

あの素晴らしい中華帝国をもう一度

2010年10月11日(月)13時54分

今週のコラムニスト:クォン・ヨンソク

 尖閣諸島問題にノーベル平和賞騒動と、最近、中国関連のニュースが絶えない。もっとも、最近に限らず近年の中国は日本におけるニュースの主役だった。そして、それは大きく分けて3つの方向性をもっていた。

 第1は、人工衛星発射、北京オリンピック、上海万博、米中関係の進展、軍事力増強、中国人観光客の急増など「躍進する中国」、「台頭する中国」というイメージに符合するものだ。

 第2は、ギョーザ事件、歯磨き粉や粉ミルク事件など「メイド・イン・チャイナ」に対する不信感や、偽ディズニーランドや偽ブランドなど偽物や海賊版など、主に中国の経済・商行為や慣習などに関する違和感や懸念が示されたものだ。

 第3は、チベット、ウイグル問題など、中国の体制に対する懸念や反発が根底にあるものだ。反日デモなどもこのカテゴリーに含まれると言えよう。論調は定まった観がある。中国は世界の大国として、人権や平和や民主主義といった普遍的な価値を尊重し、責任ある行動をとってほしいというものだ。

 もちろん、この3つの方向性はつながっている。根底には「台頭する中国」に対する脅威認識、焦燥感、苛立ちがある。とりわけ、アジアの盟主の座を明け渡すことになりそうな日本からすれば、2番目と3番目のニュースをことさら強調し、文明主義的な観点から中国への偏見やステレオタイプを助長したくなる衝動に駆られるのは無理もないことだ。

 だが僕はこの夏、韓国の朝鮮日報で面白い記事を目にした。尖閣島問題が起きる前の記事で、日本への中国人観光客の急増についてのものだった。その中で目を引いた表現は、将来、日本人が中国人の足をマッサージする日が来るだろうというものだ。別に、日本を卑下しているわけではなく、中国観光客に頼らざるを得ない日中関係の現住所を的確に表現したものだと思う。

 これからは、日本各地の温泉地も中国人で溢れる時代が来るだろう。比喩的にいえば、これからは中国人に対して、日本人は足マッサージを、韓国人はアカスリをする時代が来る可能性は高い(だけど忘れてくれるな、これまでは日本人が一方的にそのサービスを受ける側であったのだ)。

■周辺国に寛容だったかつての帝国

 中国が「来る」ことは誰の目にも自明なことだ。しかし、これは東アジア国際秩序が「正常化」、「常態化」の方向に向かっていると見ることもできる。この新しい東アジアのうねりに対して、中国脅威論、中国封じ込めといった冷戦時代のような発想・戦略では対処できず、逆効果の恐れもある。

 さらに、中国に対する世界の嫉妬まじりのまなざしと厳しい注文に対し、中国ではナショナリスティックな反発が目立っている。屈辱の近現代史を生きていた中国人からすれば、ようやく世界の主役の座に返り咲こうとしているのに、世界は自分たちに注文や難題ばかり突き付けてくる。今の「強い中国」に敬意が払われていないのではないか......。

 昨年に公刊され、世界で大きな話題となった『中国不高興』(ANGRY CHINA)という本は次のように主張する。「なぜ、中国がアメリカに好かれようとしなければならないのか。これからはアメリカが中国の好感を得るよう努めるべきだ。(中略)我々の前途には二つの道しかない。この世界を制圧するか、この世界を作り変えるかだ」

 ではこうした中国の台頭に、日本や韓国など周辺の国々はどう相対するべきなのか。僕はこの際、中国の「崛起」を潔く認めるしかないと思う。中国を敵視するのではなく、かつてのあの素晴らしい「中華帝国」を想起するよう促す方が賢明なのではないだろうか。

 中華帝国を中心とした伝統的華夷秩序の下では、ヨーロッパ国際秩序と比べれば平和な時代が長く続いた。中華帝国は西洋的な概念の帝国ではなく、周辺国の独立を認めて内政干渉せず、独自の民族文化の発展を妨げなかった。朝貢という礼を尽くせば、文明の中心として文物や文化を与えてきた。今風に言えば、ソフトパワーやスマートパワーを通じて秩序を保持していたのだ。

 中華文明は儒教・仏教・道教文化などを通じて東洋の美徳・思想・歴史の基盤と共通性をつくった。残念ながらもう聞くことができなくなった大沢親分の「喝!」も、実は中国の禅僧の教えから来ているものだ。

■近代化のボタンをかけ違えた中国

 3年前にソウルで中国国宝展が開催され大ブームになった。それを見て思った。中国は東アジアの国なんかではなく、イスラムや西洋の文化も融合した文字通りの帝国だったのだ。帝国の基本的性格には、多民族と多文化主義がある。その開放性と多様性が学問、思想、宗教、文化の隆盛をもたらし、それらが混ざり合うフュージョンこそ中国文化の栄華の根源ではなかったか。

 そんな「大物」たる中華帝国の子孫たちが、少数民族を弾圧し、民主化運動家を抑圧し、小さな島のことで周辺国と小競り合いをしている。これは、中国人がかつての自分たちの姿を見失い、近代化=西洋化のボタンをかけ間違えたことに起因すると思われる。

 近現代において中国は、革命と新しい世界秩序を実現しようと邁進してきた。独立、抗日、革命、社会主義......。中国はよく頑張った。世界での役割は十分果たした。21世紀の中国は、「キャラ」を変えて新しいヴィジョンを提示してもいいのではないか。

 少数民族に自治を認め、彼らが自ずと中国の一員であることを望む方向にパワーを行使できないものか? 万が一、将来において分離独立したとしても、中国の優位が損なわれるとは思われないし、それを認めた中国の寛容性を世界は称賛するだろう。中国のソフトパワーは飛躍的に増大すると思うのだが。

 それでも僕は中国に対する希望を失わない。中国が東洋の思想・美の源流だからだけではない。やはり、隣人としての中国人に対する信頼からだ。

 僕がこれまで出会った中国人たちは、ナショナル・アイデンティティは強く持っているものの、けっして対話ができない相手ではなかった。人柄もきさくで、文化面でも同じアジア人としての親近感は確実に持つことができた。留学生の中には、中国の自由化や民主化を夢見る人も少なくない。

 また、韓国のアイドル、チャン・ナラをアジアのトップスターの座に押し上げ、上海万博ではけが人が出るほどにK-POPグループの2PMのライブに殺到し、SMAPの上海公演中止を心から残念がる中国人もたくさんいる。

 韓国が歴史上初めて中国よりも先んじているものがある。それは民主化とポップカルチャーなど文化力だ。文化力だって民主化の賜物だ。中国13億の人民にこの一言だけは言いたい。「民主化は気持ちいいものですよ」

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

VW、25年キャッシュフローは堅調 ポルシェ苦境や

ビジネス

日経平均は反発で寄り付く、5万3000円回復 米欧

ビジネス

テスラ、独ギガファクトリーの人員削減報道否定 雇用

ビジネス

貿易収支、12月は1057億円の黒字 対米輸出2カ
MAGAZINE
特集:「外国人問題」徹底研究
特集:「外国人問題」徹底研究
2026年1月27日号(1/20発売)

日本の「外国人問題」は事実か錯誤か? 7つの争点を国際比較で大激論

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 2
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」の写真がSNSで話題に、見分け方「ABCDEルール」とは?
  • 3
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている「とてつもなく巨大な」生物...その正体は?
  • 4
    韓国が「モンスター」ミサイルを実戦配備 北朝鮮の…
  • 5
    飛行機よりラク? ソウル〜釜山「110分」へ――韓国が…
  • 6
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の…
  • 7
    【総選挙予測:自民は圧勝せず】立憲・公明連合は投…
  • 8
    「怖すぎる...」モルディブで凶暴な魚の群れに「襲撃…
  • 9
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 10
    サーモンとマグロは要注意...輸入魚に潜む「永遠の化…
  • 1
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世界一危険」な理由
  • 2
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の船が明かす、古代の人々の「超技術」
  • 3
    世界初で日本独自、南鳥島沖で始まるレアアース泥試掘の重要性 日本発の希少資源採取技術は他にも
  • 4
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
  • 5
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向…
  • 6
    正気を失った?──トランプ、エプスタイン疑惑につい…
  • 7
    世界最大の埋蔵量でも「儲からない」? 米石油大手が…
  • 8
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 9
    中国のインフラ建設にインドが反発、ヒマラヤ奥地で…
  • 10
    【銘柄】「住友金属鉱山」の株価が急上昇...銅の高騰…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story