コラム

お財布ケータイとは別物「グーグル・ウォレット」

2011年05月31日(火)14時27分

 グーグルがお財布携帯のサービス「グーグル・ウォレット(Google Wallet)」を、今夏から開始することになった。

「お財布携帯」と聞いて、たいていの日本の読者は「何だ、今ごろ......」と感じるに違いない。日本の携帯サービスは、どこよりも数年先を行っていることで有名だ。グーグル・ウォレットも、何年か遅れでようやく追いついてきたのだな、と思われるだろう。

 だが、グーグル・ウォレットがスタートする基盤が、日本で知られているお財布携帯とはまったく違ったものだということを理解する必要がある。それは、スマートフォン上で始まり、しかも、通信キャリアではなく、グーグルというインターネット・サービス会社が提供するものだということだ。その意味ではグーグルらしい、ちょっと「壮大め」の野心的なサービスなのである。

 従来の携帯電話でのお財布携帯サービスは、携帯を店のレジ横の読み取り機にかざして料金を払うとか、駅で取り出して改札を通過するといった具合に、どこか1対1対応的なところがあった。だが、グーグル・ウォレットは、コンピュータ並みの機能とエンド・ユーザー志向のウェブのサービス、それに開かれたアプリ統合なども加えて、さまざまなサービスが縦横につながる「ハブ」のようなものとして考えられている。

 手始めは、グーグル・オファーの統合だ。つまり、グルーポンに似た、グループ購入のサービスである。グーグル・ウォレットは、スマートフォン自体がクレジットカードやプリペイドカードになるようなものなので、スマートフォン画面に気に入ったオファーが表示されれば、クリックひとつでグループ購入に参加することができる。

 店頭での利用にも広がりが出る。ゆくゆく登録顧客用のロイヤリティー・カードが一体化されるようになれば、値引きやポイント加算がスマートフォン経由でできたり、レシートをクラウド上に整理しておいたりすることも可能になる。さらに進むと、店内でバーゲン商品が表示され、試着してそのまま支払い、ということもできるはずだ。SNS(ソーシャルネットワーク・サービス)と連動すれば、店内で友人のお勧め商品が表示され、すぐに支払いを済ませて持ち帰ることもできるだろう。

 携帯画面が飛行機の搭乗券や電車のチケット代わりになるのは、すでにお財布携帯の人気の機能だが、さらにスマートフォンならば、店に向かう前に画面上でテイクアウトや食料品の買い物を済ませ、店ではかざしてピックアップするだけといったこともできるだろう。

 言うまでもなく、位置情報や地図情報との統合でも面白いサービスが登場する可能性が大きい。たとえば、町を歩いていると「たった今、特製ピザが焼き上がりました。3分内に来店できる先着10名様に無料ドリンク付きで販売! 今すぐお支払いを」などという近くの店の広告が表示されるかもしれない。また、人気のコンサートやスポーツ試合で、「空席出ました! 今すぐ支払って席を確保!」というケースもあり得るだろう。

 つまりは、こういうサービスが「いずれ実現される」と言われてきたものが、グーグルが「ハブ」として名乗り出たことで、急に現実感が増してきたというわけである。考えてみれば、アンドロイドのプラットフォームを握り、縦横無尽なサービスを開発してきたグーグルは、それ自体ですでにかなりの基盤を築いている。

 グーグルは、グーグル・ウォレットを決済ビジネス、チップや通信キャリアを含めた携帯デバイスのビジネス、そして小売ビジネスを大きくまとめ、モバイル決済という新たなエコシステムを作り上げるものだと語っている。当初は、スプリント社が販売するアンドロイド携帯の「ネクサスS」でサービスを開始し、シティ・マスターカード、グーグルのクレジットカードが利用できる。小売店側では、ブルーミングデールズ、メーシーズなどの大手デパートの他、ファストフードやカフェなどのチェーンが名前を連ねている。顔ぶれとしては、文句のないところだ。

 だが、より楽しみなのは、小売店側がこうした支払い方法の周りに、新しいマーケティングを花咲かせ、またデベロッパーたちが、お財布携帯というサービスにまつわる新鮮なアプリを生み出すことだと思う。商品やサービスを、どんなタイミングでいつ誰にアピールして、どんな風に買いたくなるようにさせるのか。あるいは、どうやって新しい客を発掘するのか。スマートフォンのお財布携帯は、その意味ではまったく未開の地なのである。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

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