コラム

大手書店ボーダーズ破綻で電子化に駆け込む米出版社

2011年02月25日(金)15時01分

 アメリカの書店チェーン大手のボーダーズが破産申請をした2月16日、偶然にも私は電子書籍時代の新しいテクノロジーを話し合うTOC(Tools of Change)という会議に参加していた。

 会議に来ていたのは、ニューヨークを中心とした出版関係者と、電子書籍の技術を開発するテクノロジー関係者たち。ボーダーズのニュースはことに出版関係者にとっては悲報だったようで、会議中はまるで葬式のような暗いムードが漂っていた。

 出版関係者にとって、書店は自分たちが大切に手作りした書籍を読者の前に並べてくれる重要な存在だ。しかもボーダーズは、ミシガン州の大学町の小さな古本屋から起こし、長年家族経営でチェーンを広げていったという歴史がある。本を大切に思い、愛する人々によって育てられてきた書店なのである。現在は、全米に650以上の店舗を構える大企業になっていたが、それでも出版社にとっては同志のような存在だったのだ。

 会議の壇上では、「とても悲しいニュースですが、われわれにはもう前進する道しか残されていません」とある出版関係者が述べていたが、アメリカの電子書籍化はもはや後戻りができないところまで追い込まれている。この会議もそうだが、数週間前に参加した別の電子書籍関連会議でも、参加者が昨年から倍増したそうである。それだけみな必死になっているというわけだ。
 
 電子書籍時代の課題は、出版業界にとっても技術関係者側にとっても山積みで、とてもこの会議だけで話し合えるものではない。だが、それでもいくつかの面白いポイントを拾うことができた。

■デイスカバラビリティーを担保せよ

 たとえば、「ディスカバラビリティー」。発見可能性とでも訳すのだろう。どうやってその書籍のありかを読者が見つけるのかという問題だ。

 商品というものは、それが売れる方法や場所によって形作られるという。これまでの書籍なら、タイトルが面白いのでパラパラとめくってみたとか、目立つ背表紙でつい手にとったとか、そういう行動を誘発する工夫が出版社側でなされていたわけだ。

 だが本屋の書棚がなくなると、目的の本の隣にあったといったようなセレンディピティー(偶発)的な発見方法はなくなってしまう。ロングテールのおかげで、絶版になった本でもそのデータが入手可能にはなるが、それが果たして偶然見つけられるかどうかは別問題だ。

 SEO(検索エンジン最適化)をにらんだタイトルや内容にするなどというセコいアプローチも山ほど出てくるだろう。だが、それよりも、読書に特化したSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)や強力な書評ブロガー、信頼すべき読書サイトなどの存在などによって、電子書籍の新しいエコシステムができてきそうなことは楽しみだ。

 出版社が直接販売に乗り出すという動きも否定できない。日本でも同様だが、アメリカでも出版社は書籍を作るだけ。あとは卸売業者に任せて全国に配本していた。現在の電子書籍流通は、これをインターネットで置き換えただけの姿になっている。中間業者がアマゾン・ドットコムやアップルなど、それぞれの端末のフォーマットに合わせて配本するのだ。

■1曲買いならぬ1章買いも可能に?

 だが、電子書籍時代の出版社はこれではやっていけない。なぜなら読者データを他社に握られたままになるからだ。これまでならば、「どの地方のどの書店で何冊売れました」程度のデータで満足していた出版社も、リアルタイムでユーザー行動を知ることが必須となる次の時代には、そんな悠長なことは言っておられまい。そこで、出版社が自社販売をするようなプラットフォームを開発するテクノロジー企業なども出てきている。

 出版社がどんな選択をするのかは不明だが、アマゾンやアップル、アンドロイドなどのいくつかのプラットフォームに分化して、読者がけっこう不便な思いをしている現在の電子書籍業界図は、まだまだ最終形ではないかもしれない。

 本というひとつのまとまりも、どんどん崩れていくだろう。文脈をより深く理解する検索技術によって、複数の書籍の中味を横断して、最適な内容だけを集めるようなことも可能になる。すでに大学の教科書作りに採用されているらしいが、これは原理上は一般の書籍にも応用可能だ。

 権利売買を自動化し、プリント・オン・デマンドで印刷、製本すれば、自分だけの書籍もできあがる。かなり未来的な話とは言え、音楽で1曲買いが普通になったのと同じく、そのうち本でも1章買いなどというのが出てくるかもしれない。

「境界なき出版」というのが、この会議のサブテーマだ。とかく紙がデジタルになるという書籍のつくりの部分に意識が矮小化されがちだが、電子書籍がもたらす新しい読書体験は、実はもっと大きな変革を経たものになることを覚えておきたい。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:米政界の私的チャット流出、トランプ氏の言

ワールド

再送-カナダはヘビー級国家、オンタリオ州首相 ブル

ワールド

北朝鮮、非核化は「夢物語」と反発 中韓首脳会談控え

ビジネス

焦点:米中貿易休戦、海外投資家の中国投資を促す効果
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 7
    海に響き渡る轟音...「5000頭のアレ」が一斉に大移動…
  • 8
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 9
    必要な証拠の95%を確保していたのに...中国のスパイ…
  • 10
    【ロシア】本当に「時代遅れの兵器」か?「冷戦の亡…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 10
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story