コラム

バハレーン紀行(1):抗議デモは終わったか?

2012年04月02日(月)16時48分

 「アラブの春」から一年を経て、選挙や政治改革を経て新しい政権がどうなったか、これからどうなるのか――。エジプトやチュニジアの選挙結果にメディアは注視しているし、衝突が現在進行中のシリアの情勢は、未だ日々国際世論を騒がせている。

 しかし、一年経ってすっかり忘れ去られた「未完の春」がある。それは、バハレーンだ。王政下で限定的な政治参加しか認められていないバハレーンでは、数年前から民主化要求運動が高まったが、2010年の議会選挙を前に反対派が多数逮捕されるなど、弾圧が続いていた。そこで起きたのが「アラブの春」である。デモでは若者を中心にさまざまな層が集まり、首都中心にある真珠広場を占拠した。だが、バハレーン王政の不安定化を恐れたサウジアラビアなど周辺諸国が即座に介入し、運動は早々と鎮圧された。

 今頃はきっと、すっかり大人しくなってしまったのだろうなあ、と思いつつ、先月、バハレーンを訪れた。たしかに、真珠広場は閉鎖され、国のシンボルでもあった真珠タワーは無残にも取り壊されてしまっていて、一年前の騒動を思い起こさせるものはない。だが、一歩郊外に足を踏み入れると、今でもところどころでデモが続いている。機会あって今回、そのデモのひとつを目撃することができたのだが、これがなかなか、興味深かった。

 訪れたマナーマ郊外の村は、シーア派住民の村であった。バハレーンは人口の八割近くがシーア派だが、王政下で彼らの多くはさまざまな面で疎外されている。

 一年前、政府に抗議の声を上げた人々が「シーア派」だったということが、バハレーンの「春」の早々の鎮圧につながった。「シーア派=イラン」という印象が、周辺のスンナ派王政諸国に警戒心を抱かせているのは昔からだが、なんといっても近年は、「核開発」問題でイランの地域大国としての存在がきな臭くなっている。特にサウジは、昨年10月に発覚した在米サウジ大使暗殺計画でイラン政府の関与を疑い、米政府を巻き込んで緊張が高まった。そのイランが、同じシーア派のバハレーン住民を扇動して湾岸の宗派対立を煽っているのでは、というのが、サウジの懸念だったのだ。なんといっても、バハレーンはサウジと、全長25kmのハイウェイ(コーズウェイ)でつながっている。この橋は、国内で酒の飲めないサウジ人が週末「一杯」やりに行くルートになっているのが現実なのだけれど、酒飲は目を瞑っても「シーア派革命思想」まで一緒に入り込まれたら困る、というわけだ。

 だが、いわれるようにバハレーンのシーア派住民のデモは、本当に「イランの手先」によるものなのだろうか。実際にデモを目撃してみて一番印象的だったのが、「外国の支援があったら、もっとちゃんとしたデモになっているんじゃないのか?」ということだった。それだけ手作り感満載の、素人デモだったのである。

DSC_0068_opt.jpg

 主として村の住民が組織して村の中だけを練り歩く、小規模だがコミュニティの結束力は強い。多くの住民が積極的に参加するだけではなく、参加しなくてもたいてい窓や玄関を開けて、デモ隊が行き過ぎるのを見ている。俄か井戸端会議などが始まったりして、それだけ見ていると、なんだかお祭り感覚だ。しかも、女子供の参加がびっくりするほど多い。半数以上じゃないかと思える。しかも、家族に連れられて、というのでもない。10歳代、20歳代始めの若い女性たちが果敢にスローガンを叫ぶのである。

DSC_0072_opt.jpg


 彼女らは何を叫んでいたのか。なぜ若い女性たちが立ち上がったのか。
残念。スペースが尽きてきたので、それについては、次週に続けることにしよう。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ゼレンスキー氏「米国の和平案推し進める用意」、 欧

ビジネス

米CB消費者信頼感、11月は88.7に低下 雇用や

ワールド

ウクライナ首都に無人機・ミサイル攻撃、7人死亡 エ

ビジネス

米ベスト・バイ、通期予想を上方修正 年末商戦堅調で
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    使っていたら変更を! 「使用頻度の高いパスワード」…
  • 10
    トランプの脅威から祖国を守るため、「環境派」の顔…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 8
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story