コラム

ドバイショックは誰のせい?

2009年12月10日(木)12時35分

 11月25日に起きたドバイの政府系企業「ドバイ・ワールド」が債務返済延期を公表したことは、年末を迎えた世界経済に衝撃を与えた。いわゆる、「ドバイ・ショック」である。

 800メートルもの高さを誇るブルジュ・ドバイ、砂漠の国なのに人工スキー場、椰子の木や世界地図の形をした人工の島、帆船の形の超高級ホテル・・・・。世界の富が集中し、ゴージャスな高層ビルやホテルがにょきにょきと立ち並ぶドバイでは、去年の「リーマン・ショック」以前は、世界のクレーンの3分の1が稼動していた、とも言われる。

 だが、「バブル」の産物がドバイに出現したのは、90年代も後半以降である。

 アラブ首長国連邦自体が独立したのは、わずか38年前。もともとドバイは、ペルシア湾岸地域やインドとの海洋交易と、漁業と真珠産業がわずかにある程度の、寒村だった。それが、19世紀後半から20世紀始めのイギリスの対インド統治の中継地として、重要視され、イギリスは、アラブ首長国連邦の諸部族を脅し賺ししながら、支配下に入れていった。

 独立後も、ドバイは産油国としては小規模なので、70年代に他の大手産油国が「オイル・ショック」で膨大な石油収入を得たのに比べれば、開発は遅れていた。それが今のような大バブル期を迎えるきっかけとなったのには、9-11事件が大きく影を落としている。9-11事件で欧米先進国と中東・イスラーム諸国との間に不信感が高まり、中東産油国のオイル・マネーが欧米諸国に流れにくくなった結果、マレーシアやドバイが投資対象となった。

 その意味では、ドバイにバブルが生まれたのも潰れたのも、ドバイの内発的な原因というより、先進国の都合を反映している。実際、ドバイ・ショック後のアラビア語の新聞には、「欧米はバブル崩壊をドバイのせいばかりにして、けしからん」的な論調も見られる。

 アラブの石油成金国では、これまでもバブルとその崩壊が、小規模ながらあった。クウェートでは、1982年に私設証券市場が過熱したあげくに破綻した事件が起きたが、こうした金融危機がクウェート国内の政府批判や格差問題を生み、湾岸危機でイラクの軍事介入を招くような国内の混乱を呼んだともいえる。

 そうした例に比べると、ドバイのバブル崩壊は、驚くほど中東政治の不安定化にはつながりそうもない。パレスチナ問題やイラク問題など、ただでさえ政治的不安定要因を抱えている中東で、そうした域内政治にまったく波及しそうもないドバイの経済情勢は、それだけで現実世界からバブリーに遊離している泡なのかもしれない。

 ドバイ・ショックから2日後に始まったイスラーム暦の祝日、「犠牲祭」では、一流ホテルやイベント会場で、ディズニー・キャラクターや氷上のピーターパンが踊りまわる大イベントが繰り広げられた。ううん、あくまでも、夢のような砂上の楼閣である。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米農務省、5カ月で職員2割が離職 トランプ政権の人

ビジネス

米ウーバーとリフト、中国百度と自動運転タクシー試験

ワールド

米政府、ブラウン大学の安全対策再検討へ 銃乱射事件

ビジネス

元の対ドル基準値、1年3カ月ぶり高水準に 元高警戒
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 5
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 6
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 7
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 8
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story