コラム

ニューズウィーク的文章表現研究

2011年02月10日(木)11時19分

 どこの国の週刊誌であれ、読者に興味深く記事を読んでもらう工夫を怠りません。読者を惹きつけるためには、書き出しの一節が、とりわけ重要です。たまには、そんな観点から、ニューズウィークの記事を検討してみましょう。

 題材は、エジプトの動乱を伝える記事です。まずは、本誌日本版2月9日号の「独裁の悪夢を覚ますエジプトの怒り」です。

「エジプトと21世紀の世界をつなぐ通信インフラが1つ、また1つとダウンした。ツイッター、フェースブック、そして最後はすべてのインターネット接続が遮断された。ショートメールも使えなくなり、エジプト全土で無数の携帯電話が不通になった」

 エジプトで、ツイッターやフェースブックなどによって反政府デモが盛り上がったので、政府がこれを遮断した、という話の導入として、躍動感のある文章です。これぞ、読ませるための導入です。

 書き出しで、21世紀とをつなぐ話をした以上、記事の最後でも、これに触れるのが、よき記事のお約束です。そこで、こう書いています。

「日付が29日の土曜日に変わっても、インターネットも携帯電話もまだ通じない。それでもエジプトの人々は、21世紀とのつながりを断つつもりはない。」

 これで記事は完結しているのですが、よく読むと、違和感があります。現在のエジプトは、21世紀を迎えていないのでしょうか?

 通信インフラで21世紀とつながっているのだったら、通信インフラが断たれたエジプトの人々は、さて何世紀を生きているのでしょうか?

 この文章の背景には、エジプトは歴史の古い国という含意があります。それはいいのですが、まるで、エジプトは、時代に取り残された20世紀を生きているようにも読めてしまいます。文章のレトリックを考えすぎた挙句、「エジプトは遅れた国」というイメージを著者が持っていることがわかってしまいました。文章は恐ろしいですね。

 では、続いて2月16日号の「エジプト危機 その誤解と真実」を見ましょう。

「エジプトの首都、カイロ中心部のタハリール広場に近い路地は血まみれだった。窮地を救ったのはムスリム同胞団だ――路地の入り口で、エンジニアで政治活動家のマムドゥーハ・ハムザ(63)はそう語った。」

 書き出しは具体的な描写から。発言の主は匿名ではなく、実名で。それが記事に信憑性を与えてくれる。原稿執筆のイロハを守った書き出しです。

 この記事は、エジプト社会に隠然たる勢力を保持するムスリム同胞団に焦点を当てています。今回の反ムバラク行動でも大きな力を発揮したムスリム同胞団は、過激派の母胎になっているという見方もあります。パレスチナの原理主義過激派ハマスは、ムスリム同胞団の影響力の下で誕生しました。いくつもの分派が生まれ、アルカイダのメンバーに思想的影響力を与えている側面もあります。

 しかし、この記事は、ムスリム同胞団に関して、極めて楽観的な論調で書かれています。「エジプト国民は長年、ムスリム同胞団を間近で見てきた。開かれた平和的な政治体制が実現すれば、同胞団は近い将来、神秘的な集団でなくなるはずだ」と。

 確かにそうかも知れません。でも、神秘的でなくなった集団が、どんな集団なのか。それに対する分析が欠けていては、エジプトの今後を読み解く記事としては不十分です。内容の不十分さを、文章のレトリックで糊塗しようとはしていないのか。そんな厳しい感想を持ってしまいます。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

トランプ氏、ホワイトハウスに出前 チップ非課税アピ

ワールド

IMF・世銀・IEA、エネ備蓄の囲い込み自制を各国

ビジネス

米国株式市場=上昇、米・イラン協議決裂も緊張緩和に

ビジネス

NY外為市場=ドル軟調、対円では上昇 中東リスクな
MAGAZINE
特集:台湾有事の新シナリオ
特集:台湾有事の新シナリオ
2026年4月21日号(4/14発売)

地域紛争の「大前提」を変えた米・イラン戦争が台湾侵攻の展開に及ぼす影響をシミュレーション

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本は「イノベーションのやり方」を忘れた...ホンダ「EV撤退」が示す、日本が失った力の正体
  • 2
    「いい加減にして...」ケンダル・ジェンナーの「目のやり場に困る」姿にネット騒然
  • 3
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国防軍は崩壊寸前」
  • 4
    【銘柄】イラン情勢で「任天堂」が急落 不確実な相…
  • 5
    目のやり場に困る...元アイスホッケー女性選手の「密…
  • 6
    トランプがまた暴走?「イラン海上封鎖」の勝算
  • 7
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 8
    「違法レベル...」ゼンデイヤの「完全に透けて見える…
  • 9
    「仕事ができる人」になる、ただ1つの条件...「頑張…
  • 10
    BTS再始動、3年9カ月の沈黙を経て──変わる音楽市場で…
  • 1
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 2
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収される...潜水艦の重要ルートで一体何をしていた?
  • 3
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 4
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで…
  • 5
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 6
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 7
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国…
  • 8
    撃墜された米国機から財布やID回収か、イラン側が拡…
  • 9
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 10
    中国がイラン戦争一時停戦の裏で大笑い...一時停戦に…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 5
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 6
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収され…
  • 7
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
  • 10
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story