コラム

「空気」で止められた原発のコストは利用者が負担する

2013年07月16日(火)18時55分

 原子力規制委員会は16日、北海道電力、関西電力、四国電力、九州電力の4社から出ている5原発10基についての初めての安全審査会合を行なった。3基の審査に半年かかるといわれており、このペースで審査すると、全国で止まっている52基の原発がすべて再稼働するには9年かかる。

 しかし実は、この審査には法的根拠がない。経済産業省の電気料金審査専門委員会の安念委員長がいう通り、規制委は原発が技術基準に適合するかどうかを審査する機関であって、すでに定期検査を終了した(技術基準に適合すると認められた)原発を運転するかどうかを決める権限はない。電力会社からの運転開始の届け出を経産省が受理すれば、いつでも運転できるのだ。

 では、なぜ止まっているのだろうか。それは民主党政権で菅首相が浜岡原発を止める(法的根拠のない)「お願い」をしてから、電力会社が定期検査の終わった原発を動かせない「空気」になっているためだ。経産省が「動かすな」と命じたわけではない。そう命じる法的根拠がないからだ。この2年あまり、原発について出された文書は、2011年7月の「ストレステストを行なうことが望ましい」という非公式のメモだけである。

 この「空気」のコストは大きい。原発を止めることによって、今年は3兆8000億円のLNG(液化天然ガス)や原油などの輸入増が発生する。毎日100億円をドブに捨てている計算だ。これは日本の電力会社の売り上げの約2割なので、最終的には電気代に2割ぐらい転嫁されるだろう。ところが電力各社の申請した電気代の値上げは10%前後だ。これは原発を動かすことを前提にして原価を計算しているからだ。

 たとえば東京電力の場合、平均8.5%値上げしたが、これは新潟県の柏崎・刈羽原発の5・6号機が再稼働することを前提にしてコストを計算している。しかし新潟県の泉田知事は「福島事故の検証が終わるまでは再稼働は許さない」と言って、東電の再稼働申請も受け付けない。柏崎の出力は東電全体の12%を占めるので、これが動かないと東電の経営はますます悪化するだろう。

「事故を起こした東電の経営が傾くのは自業自得だ」という人もいるかもしれないが、電力会社の料金は総括原価方式で、「原価+適正利潤」で決まる。原価が大幅に上がると、電気代がふたたび値上げされることは必至だ。「人員整理など経営合理化でコスト上昇をカバーしろ」という人がいるが、東電の人件費は3500億円。全員をクビにしても、値上げ分も出ない。

 また福島第一原発事故にともなう賠償や除染などの費用は10兆円を超えるといわれるが、東電の経営は実質的に破綻しているので、こうした費用はほとんど国が負担することになる。柏崎がいつまでも動かないとこうした費用もまかなえないので、東電管内だけではなく全国の納税者の負担も兆単位で増えるだろう。

 このように切迫した財政事情を抱えているため、東電は今回の再稼働申請に加わる予定だった。ところが広瀬社長がそれを記者会見で表明したのに対して、泉田知事が「聞いてない」と反発し、結果的には東電は申請を見送ることになった。

 定期検査の終わった原発を運転することは、第一義的には電力会社の判断であり、国の許可も必要ない。もちろん地元の自治体には許認可権はない。ところが泉田知事は、県と東電が結ぶ「安全協定」を根拠にして、新設備をつくる際は県の事前了解が必要だと主張している。この安全協定にも法的根拠はないのだが、東電は譲歩して申請を見送った。

 新潟県庁を訪れた広瀬社長との会談でも、泉田知事は「東電は約束を守る会社ですか?」とか「東電は信用できない」などと喧嘩腰で、申請に了解を得ようとする社長をはねつけた。これに喝采を送る人もいるようだが、柏崎を止めたコストは、そのうち電気代や税金にはね返ってくる。そのときになって「値上げ反対」といっても通らない。値上げの原因をつくったのは、泉田知事を初めとする反原発ヒステリーなのだ。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

新発10年債利回りが1.670%に上昇、2008年

ワールド

ロシア凍結資産活用、ベルギーがEUに「リスク分担」

ワールド

台湾国防部長、双十節後の中国軍事演習に警戒

ワールド

台湾、ロシアエネルギー制裁強化に協力表明 NGOの
MAGAZINE
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
2025年10月 7日号(9/30発売)

投手復帰のシーズンもプレーオフに進出。二刀流の復活劇をアメリカはどう見たか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 2
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最悪」の下落リスク
  • 3
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 4
    「人類の起源」の定説が覆る大発見...100万年前の頭…
  • 5
    イスラエルのおぞましい野望「ガザ再編」は「1本の論…
  • 6
    「元は恐竜だったのにね...」行動が「完全に人間化」…
  • 7
    1日1000人が「ミリオネア」に...でも豪邸もヨットも…
  • 8
    MITの地球化学者の研究により「地球初の動物」が判明…
  • 9
    女性兵士、花魁、ふんどし男......中国映画「731」が…
  • 10
    【クイズ】1位はアメリカ...世界で2番目に「航空機・…
  • 1
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 2
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 3
    トイレの外に「覗き魔」がいる...娘の訴えに家を飛び出した父親が見つけた「犯人の正体」にSNS爆笑
  • 4
    ウクライナにドローンを送り込むのはロシアだけでは…
  • 5
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 6
    こんな場面は子連れ客に気をつかうべき! 母親が「怒…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「がん」になる人の割合が高い国…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    高校アメフトの試合中に「あまりに悪質なプレー」...…
  • 10
    虫刺されに見える? 足首の「謎の灰色の傷」の中から…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story