コラム

一流科学誌も大注目! 人体から未知の存在「オベリスク」が発見される

2024年02月05日(月)20時25分

今回のスタンフォード大チームの研究目的は、もともとはヒトの口腔内や腸内に存在する様々な微生物に関する既存の遺伝情報データベースを使って、ウイロイドの候補となる環状RNAの配列を探すことでした。

472人から採集された約540万件の配列データを用いて、新しく開発したソフトウェアで解析しましたが、サンプルは唾液や便から得られたものなので多数の細菌やウイルスの遺伝情報がごちゃ混ぜになっています。たとえ環状RNAが見つかっても、細菌のRNAプラスミド(染色体外にある小サイズのRNA)やRNAウイルスの可能性があるので、研究チームは丁寧に検討してそれらを排除しなければなりませんでした。

精査した結果、ゲノムサイズが約1000bpの「ウイロイドのような未知の環状RNA」が2万9959個も見つかりました。

研究チームは、この約3万個の環状RNAに①ウイルスにしては小さく、ウイロイドにしては大きいゲノムサイズ、②古代エジプトの巨大な尖塔を彷彿とさせる、棒状で(ウイロイドと比べて)大きな外見、③ウイロイドとは異なる新しいタンパク質を構築するための設計図(コード)を持つ、という共通の特徴を見出しました。

そこでゼルデフ氏らは「発見した環状RNA群は、ウイロイドや小さいサイズのウイルスとは全く別の存在だ」と考え、「オベリスク(Obelisk;尖塔)」と名付けました。さらに、③の新しいタンパク質をコードする領域はオベリスクRNAの約半分を占めているため、作り出されるタンパク質を「オブリン (Oblin)」と命名しました。オブリンは、オベリスクの複製を担う重要なタンパク質と示唆されると言います。

実は、今回解析した472人分の微生物叢では、オベリスクの配列が約10%という高頻度で見つかりました。とりわけ、唾液の中の微生物叢では約50%に見られました。これほど普遍的な存在なのに今まで未知だった理由は、オベリスクのRNAが約1000bpと短い配列であることが関係していると、研究者たちは推察しています。

植物以外への感染を初めて示した例に?

さらに特筆すべきは、今回の研究ではオベリスクに感染していると思われる細菌を取り出すことに成功している点です。

研究チームは、ヒトの口腔内によくみられる細菌「ストレプトコッカス・サングイニス(Streptococcus sanguinis)」に、オベリスクに分類された1137bpの環状RNAが"寄生"していたと報告しています。もし事実であれば、ウイロイドやウイロイドに似た存在が植物以外に感染している事例を初めて示したことになります。

加えて、ストレプトコッカス・サングイニスは入手も増殖も容易なため、今後、オベリスクの複製方法や感染した細菌への影響、人体への影響などをさらに調査するために役立つ可能性があります。

米オハイオ州立大の生物学者マシュー・サリバン氏は「Science」の取材に対して、「オベリスクがヒトの健康に影響を与えるかどうかはまだ不明だが、オベリスクは宿主となる細菌の遺伝子活性を変化させる可能性があり、それがひいては人間の遺伝子に影響を与えるかもしれない」と話しています。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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