コラム

京大がヒトの「非統合胚モデル」で着床前後の状態を再現 倫理面の懸念にも配慮

2023年12月11日(月)19時00分

チームはまず、ナイーブ型ヒト多能性幹細胞から原始内胚葉に誘導する方法を新たに開発しました。次に、この原始内胚葉と既知の方法で作成したナイーブ型ヒト多能性幹細胞由来のエピブラストを共に誘導すると、4日目には球状の集合体になりました。これは着床前の胚の状態によく似た構造で、研究チームによってバイラミノイドと命名されました。

さらに、ナイーブ型多能性幹細胞から栄養膜細胞に類似した細胞を作り、他の2種の細胞から作られたバイラミノイドと半透過性の膜を隔てて一緒に培養しました。これは、着床期の胚を構成する3種の細胞が膜で物理的に隔てられつつ、同一の環境下で相互作用できる状態です。「非統合胚モデル」と名付けられたこの胚モデルを使うと、9日目にはバイラミノイドの内部に、着床後の胚と同じように様々な細胞が観察されました。それらは各臓器や、生殖細胞のもとになる細胞と類似していました。

「人造人間」を作らないための配慮も

胚モデルを用いると、①本物の胚(受精卵、胎児になりうる胚)の利用では生命倫理上タブー視されていたような改変や破棄を伴う研究のハードルが下がり、②とくにiPS細胞を使えれば大量に同種のものが作れるために、体系的な研究の推進にもつながります。ヒトの発生初期について胚モデルを使って知見が得られれば、不妊や流産、先天性疾患などの原因究明や治療法につながる可能性があります。

また、これまでは着床後の胚を観察すること自体が難しかったため、胚モデルを着床後に相当する時期まで育てれば、妊娠初期に組織や臓器が成長する仕組みを解明するのに役立つと考えられます。

ただし、胚モデルには「科学技術が向上すれば、人造人間の誕生まで行きつくのではないか」という懸念が常にあります。量産が可能なiPS細胞を用いられるとすればなおさらでしょう。

今回の「非統合胚モデル」は、この懸念にも対応しています。身体を形成するバイラミノイドを胎盤になる細胞から切り離して培養しているので、もしバイラミノイドを母体に移植したとしても成長できないからです。

研究のためのヒト胚の培養は、40年ほど前に「14日を超える(あるいは原始線条という構造が現れたら)培養の禁止」というルールが提唱され、日本を含め国際的に広く受け入れられてきました。21年5月には、国際幹細胞学会が14日を超える培養を認める指針を出すなど、ヒト胚の研究には今まさに「規制緩和の波」がきています。しかも、これは受精卵を想定したもので、胚モデルについてはルール作りが追い付いていない状態です。

今回、CiRAで行われた研究は、受精卵を使わない胚モデルで着床前後という生命の発生に最も重要な時期を連続的に再現したとともに、人造人間を作らない配慮が行き届いています。倫理面での社会的要請にも応えやすく、胚モデルの研究者に対しても今後の方向性を示し、利用する研究者にとっても使用しやすい、卓越した研究と言えるでしょう。

ニューズウィーク日本版 習近平独裁の未来
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2026年2月17号(2月10日発売)は「習近平独裁の未来」特集。軍ナンバー2の粛清劇は強権体制の揺らぎか、「スマート独裁」強化の始まりか

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

韓国国会、対米投資の特別委員会を設置 関連法を迅速

ビジネス

英ナットウエスト、エブリン・パートナーズ買収 36

ビジネス

インドネシア、市場急落受けMSCIと週内会合 取り

ワールド

モスクワの軍高官銃撃、容疑者がウクライナ関与認める
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた実験室」に...抗生物質の「不都合」な真実とは
  • 2
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日本をどうしたいのか
  • 3
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予防のために、絶対にしてはいけないこととは?
  • 4
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...…
  • 5
    韓国映画『しあわせな選択』 ニューズウィーク日本…
  • 6
    【銘柄】「ソニーグループ」の株価が上がらない...業…
  • 7
    背中を制する者が身体を制する...関節と腱を壊さない…
  • 8
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 9
    「右足全体が食われた」...突如ビーチに現れたサメが…
  • 10
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた実験室」に...抗生物質の「不都合」な真実とは
  • 3
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予防のために、絶対にしてはいけないこととは?
  • 4
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 5
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 6
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗…
  • 7
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新…
  • 8
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日…
  • 9
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 10
    エヌビディア「一強時代」がついに終焉?割って入っ…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 6
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 7
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 8
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 9
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story